December 21, 2005

街には赤や白や緑が目につく。
そうだ、有馬記念だ(なんのこっちゃ)。
ボクは有馬記念の時期になると心が沈む。
今日は競走馬とは、「死」とはなんぞや、という非常に重い課題を投げかけてくれた、サンエイサンキューという1頭の牝馬についてづらづら書き綴ろうと思う。

ボクが競馬を始めて1年目の有馬記念。
メジロパーマーが逃げ切り勝ちを演じ、大波乱の結末に場内がどよめく中、ゴールから50m後方で彼女は競争中止。
右トウ側手根骨複骨折。
右前脚の骨がバラバラに砕けてしまったのだ。

血統的に地味だった芦毛の牝馬サンエイサンキュー。
デビューは早かった。
札幌でデビュー戦は2着に惜敗するも、連闘で挑んだ次の週に5馬身差で大勝する。
さらにまたもや連闘で挑んだ札幌2歳Sという重賞では大負け。
1ヵ月後のレースでも大負けし、さらに1ヵ月後の重賞函館3歳Sでは14頭中12番人気と、超人気薄である。
しかし、彼女はここで大駆け。2着に食い込んだ。
これだけなら偶然で片付けられるかもしれないが、次のレースで後の牡馬クラシックを賑わすこととなる強豪たちを一蹴。
これはもう本物である。

次は2歳女王を決めるG。
3番人気に押された。
結果は2着。1着はニシノフラワー。

年が明け、初めてレース間隔が2ヶ月開いた。
2月のクイーンC。
当然1番人気で当然勝利。彼女の初重賞制覇である。
そして、次走。
なんと、牡馬たちの皐月賞登竜門の弥生賞に出走。
やはりここでは家賃が高く、6着敗退。
でも勝ち馬からわずか0.6秒差である。

3歳牝馬の大舞台桜花賞では2番人気に押されるも、7着。
不可解な敗退である。

次も3歳牝馬の大舞台オークス。
1,600mの桜花賞から2,400mへの距離延長。
さらには不可解な桜花賞の敗退により、6番人気で迎える。
でも彼女は頑張った。
このレースから手綱を握る元祖天才田原成貴によって、インを強襲。2着に食い込んだのだ。

夏。
ライバルたちが3歳牝馬最後の秋の大舞台に向け、英気を養うころ、彼女は走り続ける。
札幌記念で年上の牡馬連中をなぎ倒した。
まだ、走る。
でも函館記念では負けた。1着とはわずか0,7秒差の8着。

秋。
力を蓄えて帰ってきたライバルたちとの戦い。
大舞台の前の足慣らしのレースで彼女はライバルたちを蹴散らす。
さあ、最後の大舞台。
かと思いきや、彼女はもう1つの足慣らしレースを走り、2着。

今度こそ大舞台のエリザベス女王杯。
で、事件は起こる。
最終調教に跨った田原ジョッキーの一言が波紋を呼ぶ。

「使い詰めの疲れが出て、調子は最低」

人気になるのは間違いない馬に乗るジョッキーがこんな過激コメントを発するのは異例。
確かに、泣きのコメントをする人はいる。
でも、ここまであからさまに、さらに「調子は最低」とまで発言するなんてことはありえないのだ。
この発言にオーナーや関係者は激怒。
競馬会までもが間に入ることになった。
田原が過激コメントを訂正し、事態は収拾した。

彼女は結局出走。
レースは0,9秒差の5着。
彼女の「根性」の成せる業だろう。

まだまだ走る彼女。
有馬記念。
田原成貴は降ろされた。
鞍上は加藤和宏に替わった。
レースでは彼女は後方をついて走る。

……。

これから先は明日にしよう。

Posted by foe1975818 at 15:48│Comments(2) 競馬 
この記事へのコメント
田原は個性があって好きな騎手でした。俺の中でトウカイテイオーの有馬記念はオグリキャップの有馬記念以上に輝いてます。
Posted by クロフネ at December 21, 2005 21:37
クロフネさん
あのあたりが田原のピークだったと思います。
田原を泣かせたテイオーのレースは痺れました。
ビワハヤヒデの岡部さんが、テイオーが迫ってきたとき、「やっぱり来たか」って言ってたのを思い出しました。
Posted by よしゆきロビンソン at December 22, 2005 15:32