August 07, 2007

Say Yeah Yeah Yeah

62回目の原爆の日を迎え、申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうになった昨日。

数年前の夏、ヒロキジーニョワタロックピサロ、友人H2号、ボクとで、当時はまだ結婚もしておらず、仕事で広島に棲息していた友人H宅へ向かった(ワタロックの愛車の名前を忘れた…)。

1日目の夜。
飲茶の美味しい店で舌鼓を打った後、友人Hが発掘した居酒屋へと雪崩れ込んだ。
この店には日本酒がズラリ。
ボクは以前、サンチェというあだ名の中学時代の友人の結婚祝いにおいて、白木屋で日本酒を水のように呷って泥酔し、サンチェの嫁さんに救いようのないセクハラ発言を連射。
それまでは仲良くしていたのに、これ以降は一切、嫁さんから敬遠(軽蔑)された経緯がある(因みにサンチェ夫妻はサンチェが浮気にウツツを抜かしたことが原因で離婚している。息子を引き取ることになる嫁さんが包丁を振り回すほどの修羅場だったらしい)。

そんな苦い経験を踏まえ、日本酒には指一本触れていなかったわけだが、この時は餌食対象のセクハラ相手が残念ながら不在だったため、久方振りに封印を解き、日本酒に手を伸ばした。
友人Hはボク向けに甘口の日本酒を推薦してくれ、「これはイケる!」とグビグビ口に運ぶ。
ビールに焼酎、日本酒のチャンポン。
この後は予定通りの展開。

店を出て、歩いて岐路に。
原爆ドーム近くの川沿いの公園で、ボクはぶっ倒れた、やはり。→多分この辺
心配して誰かが買ってきてくれた2箸離撻奪肇椒肇襪凌紊魄むことさえもままならないほどに憔悴。
通りすがりのおばさんにも心配されるも、
「大丈夫です!」
と、その時だけは威勢の返答をする。
完全に空元気だ。
ボクに本当の元気を取り戻させるために公衆の面前で友人Hが下半身のみを露出し、貴乃花も真っ青の雲竜型の土俵入りを披露するも、ボクは目を開ける元気もなく呻いていた(他のメンバーは大ウケで、ワタロックはデジカメに収め、自身のホームページに載せたとか。局部は隠してある)。
ボクは吐くこともできず、そこら中に大量の唾を投下。
地獄が去るのを横になって、ただただ待った。

何とか峠を越え、友人H宅に辿り着いた。

翌日は二日酔いで頭がガンガン。
寿司屋も鶏肉の美味しい店も、二日酔いで台無し。

とんだ2泊3日となった。

唾液を吐き散らし、景観を汚してしまった近所にお住まいの方々。
そして少しだけ心配してくれた友人たち。
その節は申し訳なかった。

全く成長してないね、ボクは…。
不思議なことに、楽しいところは記憶が飛んでいるのに、苦しいとこだけ覚えてるもんなんだな。
記憶って、総じてそんなもんか。

Posted by foe1975818 at 00:37│Comments(2)TrackBack(0) 過去ロビ 

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この記事へのコメント
よしゆきロビンソンさんの泥酔ネタは、いつもオモしろいです!!
(本人は苦しいのでしょうけど。。。ゴメンなさい。笑)

>原爆ドーム近くの川沿いの公園
私はそこで、酔っ払ったメガネのサラリーマンに猥談でカラまれたことがあるのですが、まさかよしゆきロビンソンさんではないですよね?笑

あ、でも関西弁じゃなかった〜。ちがうか〜。

そうそう、楽しいところは飛んで、苦しいところはいつまでも覚えてたりします。
特にお酒の席での記憶は。笑
Posted by LO♪ at August 07, 2007 19:57
LOさん
このときはカラむ元気もなかったですわ。
命拾いしましたね。
カラんではいなかったですが、友人Hの全裸土俵入りは、間違いなく猥褻物陳列罪で捕まってもおかしくなかったです。

記憶の中では、この時が一番苦しかったですね。
吐くことができないのが致命的でした。
今ではマーライオンのごとく軽やかに吐けます。
Posted by よしゆきロビンソン at August 09, 2007 00:47