September 02, 2008

その時歴史が動いた(前編)

皆さんこんばんわ、よしゆきロビンソンです。
今週の「その時」は2週に亘って「2008年6月23日 友人ヒロキジーニョ愛車インプレッサ売却事件」にスポットを当てます。

ヒロキジーニョとボクはO阪K済大学時代の同級生である。
家が川西市と箕面市で近いこともあり、よく車に乗せてもらったりして通学していた。
その当時、ヒロキジーニョは眩し過ぎるぐらいに真っ赤なMR2を乗り回していたが、当時から呆れるほど運転は荒く、遂にはそれが祟って電信柱に激突して廃車行き(ボクは運よくその時に乗り合わせていなかった)。
自分が真っ赤な血を流す破目になったのである。
その後、ボクの中学時代の友人の影響を受けてマウンテンバイクに没頭し始めたため、バイクの運搬に重宝できるハイエースに乗り換え。
ところがマウンテンバイクでの転倒事故が重なり、右肩を2回骨折(しかも寸分の狂いもなく同じ箇所)してから「バイクが怖くなった。」との理由でマウンテンバイク界からの現役引退を表明。
必然的に用無しとなったハイエースともおさらば。
そしてMR2における悪夢の大惨事をすっかり忘れ、走り屋としての本能が疼き出し、インプレッサ購入へと至ったわけ。

インプレッサを購入するにあたって、そこらじゅうのスバルを訪問した。
なぜかボクが付き添って。
伊丹市のスバルで購入する決断に至った決定的な理由は、担当した人間がヒロキジーニョのインプレッサに対する質問に対して即答した、逆に言えば、「その人間からインプレッサに対する知識、愛情が満ち溢れていたからである」と、ヒロキジーニョは力説する。

ではそこまで愛情を注いでいたインプレッサをローンも残っている状況で売り飛ばす心境に向かわせた理由。
それはハイオク車でガソリン代がバカにならんなどの表向きのウダウダと理由を述べているが、単純に「飽きた」のである。
バイクもそう、バス釣りもそう、マンガを描くのもそう、紅茶マスターもそう。
彼は兎に角、長続きした例がない。

「インプレッサを売却したいんやけど。」と相談を受けたのが6月上旬。
人間とは誰かに相談した時点で当人の中では「答えは出ている」。
相談相手にただ「背中を押してほしい。」のだ。
ボクは捻くれているので簡単には売り飛ばさないよう説得を試みたが、ヒロキジーニョの決意は固かった。
この辺りの頑固さもいつものことなのだが…。
最終的にはインプレッサを売ってはいけないさしたる理由も見当たらないことに気付き「ほな売ってこいよ」と素っ気無く返答したら、「一緒についてきてほしい」と言い出した。
これまた購入した時と同じシチュエーションだ。

しかし売るのはいいが、次の車の目途を立てておかないといけない。
だがそれについても既に照準は定まっているという。
それはボクの愛車「TANTO」。
燃費や税金の面を考慮すると「軽自動車」以外は考えられず、軽にしては大きくて広い「TANTO」に白羽の矢が立ったのである。
「ネットでリサーチしたところ、多分インプレッサの売却値段は100万は下らない。そこからローン分を引いて、金を+αすれば買える。」
そういう目論見のようだ。
毎月5000円掛けて洗車するなど、インプレッサを溺愛し、そして走り屋と自称していた頃のギラギラとした面影は、もはやそこにはない。

というわけでまずはボクがTANTOを購入したダイハツのディーラーを訪れた。
ところがここで誤算。
TANTOは人気だとかで、納車までに1ヶ月かかるとのこと(ボクが買った時も数週間かかった)。
インプレッサを売って、即、乗り換えたいヒロキジーニョにとっては出鼻を挫かれた格好だが、そこは代車を出してもらうなどの要求を提示すれば通勤に支障をきたすこともなかろう。
パンフレットを貰って、インプレッサ売却見積もりのツアーに出る。

計3店舗に乗り込んだが、担当者がこれまた一癖ある奴らでして…。

Posted by foe1975818 at 22:22│ 最近