May 28, 2009

美しい森

O阪K済大在籍時、第2外国語としてドイツ語を専攻していた。
昔ジャイアンツに在籍していた助っ人外国人ブラッドリー似の、日本語をほとんど喋れない、ガチのドイツ人教師に教えてもらっていたが、今やドイツ語のアルファベットすら危うい状況だ(当然、先生の名前など覚えちゃいねえ)。
「アルファベット」もドイツ語発音なら「アルファベート」だったような気もするが、今となってはどうでもええこと。
それにしてもよくもまあこんなに完璧に忘却の彼方へと忘れ去ることができるものかと、自分の「才能」に感心してしまう。
そもそもなぜドイツ語をチョイスしたのかも思い出せない。
別にドイツ人になりたかったわけでもないのに。
ヒトとは、興味のないものは直ぐに忘れられるようなメカニズムなのだろう。
それってボクだけ?。

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Posted by foe1975818 at 23:08

July 11, 2008

笹 ホワイトハウス

知らないうちに七夕が過ぎていた。

友人Yから「七夕に向けて仕事場で笹を飾りたいので一緒に探しにいってほしい」とのお誘いを受けた。
もう3週間ぐらい前に遡る。

ここで疑問が浮上。
「笹」と「竹」って、どう違うんじゃ?
「太いのが竹で、細いのが笹か?」
ボクも、そして高校の同級生である友人Yも互いを説き伏せられる完璧な説明ができなかった。
奥歯に物が挟まった状態のまま友人Yとボクは、「想像上の笹」が山のように自生しているであろう箕面市の山奥へと車を飛ばした。

数時間探索しまくり、漸くお眼鏡に適う「笹っぽい」木を発見。
予め用意していた枝切りハサミで数本拝借し、ある程度の満足感を得てそれぞれ帰宅。

果たしてその「笹っぽい」木は、友人Yの仕事場で見事に「笹」を演じきったのだろうか?
今日、会う約束をしているから訊いてみよう。

因みにWikipediaによれば、「竹」「笹」「バンブー」の3種類に分類され、茎、竹皮、葉などで違いがあるという。

皆さんはご存知でしたか?
正直に申告しましょう。
嘘はいけませんよ。

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Posted by foe1975818 at 10:30

November 20, 2007

記録

車掌業で最も心神耗弱するのは、駅や踏み切りなどで飛び込み自殺を計られた場合である。

運転士は飛び込んだ人間を発見すると、当然、急ブレーキを掛けるが、車ほど急には止まれないので確実に轢き殺してしまう。
急ブレーキの原因を車掌と本部に無線で伝え、車掌は車内にアナウンスで説明する。
次に運転士、車掌共に電車を降りて、事故現場に急行する。
だが、電鉄会社は「ダイヤ」を商品としているため、長い間電車を停車させておくわけにはいかない。
従って運転士は運転席に舞い戻って、さっさと運転を再開させる。
代わりの車掌は次の駅あたりで補充すできるので、車掌は事故現場に留まり、警察が来るまで現場保存に努める。
例えば踏み切り付近などでは、野良犬やカラスが死体を突付きにきよるのを阻止しなければならないし、運転士が急ブレーキを掛けたことを証明してくれる人も探さなければならない。
あとは、死体から飛び散った肉片を回収したりもする。
最悪の役回りである。
運転士は運転士で、業務後に警察から事情聴取を受ける破目になる。
「これでお前も前科持ちやな。」と同僚から軽口を叩かれたりもするが、当の本人は暫く食が進まないほどに落ち込んだりする。

長い間乗務していると、一度ぐらいはそんな場面に遭遇する。
寧ろ、遭遇しない方が稀だ。

駅で働いていた頃、その珍しい人と仕事をした。
その当時は駅で働いていたOさんは、車掌業を勤めた20数年間もの間、小さなハプニングに一度たりとも出くわさなかったというのだ。
おそらくこれはこの会社に於ける記録だろうと自負している。
車掌業残り僅かとなった数週間は、記録を達成できるかどうかドキドキして、間違った車内アナウンスをしまくりだったそうだ。


余談だが、ボクはこの夏、一度もゴキブリに遭遇しなかった。
こんなの初めて。  
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October 19, 2007

刀狩じゃ!

先日、墓を新調することになったと記した。→ホタル

ではその墓には誰が入っているのか?
祖父母と、曽祖父。
曽祖父は再婚しているので、2人の曾祖母も墓に入っている。

もっと遡って調べてみる必要が発生したため、市役所や世話になっている近所の寺を訪ねたら、曽祖父とその父に関しての記録は残っていた(長生きだった)が、なぜか曾祖母やそのまた母の「没年」が不明だった。
住職が口を開く。
「悪い言い方をすれば、女性は昔、人間として見做されていない時代でもあったので、没年までの細かな記録が残されていない可能性はあります。それと、実はこの辺りに住まわれている方々は、昔は皆、○○市のお寺から住職を呼んでたんです。ところが、呼ぶのに大金がかかってしまうので、わたくしどもの寺を利用していただくことになったんです。一度、こちらのお寺を訪ねてみてはいかがでしょう?」
住職は兵庫県○○市の寺を紹介してきた。

余談だが、曽祖父は生前、
「わしが死んだら、○○の坊主を呼んで葬式をしてくれ。」
そう言い残して他界したが、祖父が
「金がかかる」
との理由で却下し、上記のお求め安いお寺に世話になったという経緯があるそうな。
薄情だな、じいちゃん…。

両親が車で○○市の寺を訪問した。
門構えはこじんまりしていたが、潜ると尋常ではない奥行きに圧倒されたと振り返っている。
それだけで寺の規模が窺い知れたと。
勿論、あっさりと遠い先祖の名前、没年までを知ることができた。
資料によると、女性に関しては、2人目の曾祖母以外は早世していた。

仕事はもう終わったが、住職の話を聴いた両親。

むか〜し昔、ボクの住んでいる地域には大地主がいて、周辺に住む人は皆、その小作人として働いていた。
勿論、うちも例外ではない。
大地主に肖って、苗字も同じにしたそうな。
この大地主の子孫は今でも家の近所に住んでいるのだが、この寺からわざわざ住職を呼んでいるらしい。
金持ちは違うねえ。

また、この寺は鎌倉時代から存在しているそうな。
でも一度、室町時代に焼き払われた。
焼き払った人物は

「豊臣秀吉」

因みに、豊臣秀吉の亡くなった8月18日が、ボクの誕生日なのは縁起でもない話だ。

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October 06, 2007

大人の体力測定

世界陸上や、近所の学校で運動会が催されているのを目にすると、ボクの華奢な体がウズウズしてくる。

学生の頃は1年に一度必ず体力測定が行われ、ここでしか見せ場の無いボクは、記録を伸ばすことに、体から火が迸って他人が近寄りがたい意気込みでもって臨んでいたものだ。
そのくせどの種目もトップに君臨することなく卒業したのだが…。

普通、学生でなくなると体力測定なんかは強制的に行われないので、自分の体力がいかに衰えたかを判断する機会には恵まれない。

そこで、「大人の体力測定」の必要性を訴えるのである。
どれだけ記録が下降しているか、把握しておく必要はあると思う。
著しく低下した体力を「数字」という明確な現実でもって自分に突きつけることによって、運動会でズッこけて仕事に支障をきたすほどの大怪我を負うような現象も減少し、鈍りきった生活に「喝!」も入れる。

これは、「自分が口にした食べ物を全部書き留めてダイエットに成功した」某男性をヒントにしたのだ。
書いているうちに「自分はどれだけ食べているんだ!」と自分に対して怒りが沸々と沸いてきて、食べなくなって痩せたらしい…。

まず、覚えている限り、学生時代の記録を羅列してみる。
50m走…最高記録6.5秒(高校1年)
走り幅跳び…4m80cm(中学3年)
走り高跳び…ベリーロールで1m40cm(中学2年か3年)
ハンドボール投げ…30m(同上)
反復横跳び…50回(大学1年か2年)
握力…左の方が強く、35kgぐらい(握力が乏しいのは、「血」である)
1,500m走…5分30秒(中学時代だが、この記録はかなり曖昧)

以下に目標を立ててみる。
50m走 6.5秒→7.5秒
走り幅跳び 4m80cm→4m
走り高跳び 1m40cm→1m25cm
ハンドボール投げ 30m→30m(これは譲れない)
反復横跳び 50回→45回
握力 35kg→35kg(箸と茶碗とおっぱいを握れればそれでよいのだ)
1,500m走 5分30秒→完走

問題は、場所と道具がない。
それと、最大の懸念である「やろうとする気持ち」がそんなにはないですがね。

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September 17, 2007

何言うてはるんですか

ガチンコラーメン道1で優勝した土井氏が渋谷に「道」という名のラーメン店を構えたとの情報を入手し、北海道ツーリング前に偶さか府中の我が家に寄っていたピサロと共に一路目指した。
今から6,7年前に遡る話である。

土井の店の暖簾を潜る。
たじろいだ。
客がおらず、水を打ったようにシ〜ンとしている。
時刻は午後7時。
土井の店の場所は決して人通りは多くないが、少し先に軒を構える別のラーメン屋は非常に賑わっていたのだが。

着席すると、カウンター越しに耳慣れた声が。
「すんませ〜ん。食券買ってくださ〜い。」
声の主は、土井だった。
「客おらんねんから口頭で注文とれよ!」
我々は喉まで出掛かったが、店のルールだから渋々従うことにした。
食券機の前に立ってメニューを確認すると、
「ガチンコラーメン」「ガチンコチャーシューメン」
など、ガチンコのオンパレード。
ベタに「ガチンコラーメン」の食券を購入(700円ぐらいだった)。

品が運ばれてくる間に店内を見回す。
「いらっしゃい!」「また来てや!」「おおきに!」とサインペンで書かれた色紙が壁のあちこちに貼り付けられている。
文化祭やないねんから。
また、販売用の「ガチンコTシャツ」も壁に貼り付けられ(異様に値が張った)、ガチンコ頼みと言わざるを得ない状況だ。

実はここに辿り着くまでに迷ってしまい、帰り道がわからなくなっていた。
交番で「ラーメン屋の『道』ってこの辺にあります?」と尋ねたが、警官2人は「『道?』聞いたこともない」と首を傾げ、警察で見た地図にも載っていなかったし、情報を提供してくれた友人も詳しい場所を把握していなかった。
我々は右往左往しながらやっとの思いで辿り着いたのである。
交番からそんなに距離は要さなかったんだが。

見た目80点(ロビンソン採点)のおねえちゃん店員に最寄駅を尋ねようとしたら、ねえちゃんはメールに夢中だった。
コラコラ!
いくら暇やからって、それはいかんだろ。
構うことなくピサロが道を尋ねると、
「あっちです。」
と我々に振り向くことなく、指を差して終わる。
おいおい!教える気ゼロじゃねえか!
短気なピサロが丁寧に食い下がる。
「えっ?店出てどっち?左?」
「左です。」
愛想もクソもない。
でも、そのおねえちゃんの指摘は的を射ており、店を出て大きな道を只管左に進めば渋谷駅に到達できた。

愛想のないねえちゃんによってラーメンが運ばれてきた。
わざわざねえちゃんに運ばせなくとも、土井がカウンター越しに我々に手渡した方が早いのに…。

真っ白いスープのとんこつラーメン。
ねぎが沢山入っているのがいいじゃないか。
夏のクソ暑い時期に道に迷い、著しく空腹状態の我々。
これでクソ不味かったら許さない。



ガチンコTシャツなどの不必要な商品を手にするなどの無駄な動きを取ることなく、我々は店を出て口を揃えた。
「もうないな」と。

40点(ピサロ採点)の店はまだ存在しているのだろうか?
それとももう店は取り壊され、土井氏は人生という名の「道」に迷ってしまっているのだろうか?

どちらにしろ、もうどうでもよい話だが。

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Posted by foe1975818 at 14:01Comments(4)TrackBack(0)

August 07, 2007

Say Yeah Yeah Yeah

62回目の原爆の日を迎え、申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうになった昨日。

数年前の夏、ヒロキジーニョワタロックピサロ、友人H2号、ボクとで、当時はまだ結婚もしておらず、仕事で広島に棲息していた友人H宅へ向かった(ワタロックの愛車の名前を忘れた…)。

1日目の夜。
飲茶の美味しい店で舌鼓を打った後、友人Hが発掘した居酒屋へと雪崩れ込んだ。
この店には日本酒がズラリ。
ボクは以前、サンチェというあだ名の中学時代の友人の結婚祝いにおいて、白木屋で日本酒を水のように呷って泥酔し、サンチェの嫁さんに救いようのないセクハラ発言を連射。
それまでは仲良くしていたのに、これ以降は一切、嫁さんから敬遠(軽蔑)された経緯がある(因みにサンチェ夫妻はサンチェが浮気にウツツを抜かしたことが原因で離婚している。息子を引き取ることになる嫁さんが包丁を振り回すほどの修羅場だったらしい)。

そんな苦い経験を踏まえ、日本酒には指一本触れていなかったわけだが、この時は餌食対象のセクハラ相手が残念ながら不在だったため、久方振りに封印を解き、日本酒に手を伸ばした。
友人Hはボク向けに甘口の日本酒を推薦してくれ、「これはイケる!」とグビグビ口に運ぶ。
ビールに焼酎、日本酒のチャンポン。
この後は予定通りの展開。

店を出て、歩いて岐路に。
原爆ドーム近くの川沿いの公園で、ボクはぶっ倒れた、やはり。→多分この辺
心配して誰かが買ってきてくれた2箸離撻奪肇椒肇襪凌紊魄むことさえもままならないほどに憔悴。
通りすがりのおばさんにも心配されるも、
「大丈夫です!」
と、その時だけは威勢の返答をする。
完全に空元気だ。
ボクに本当の元気を取り戻させるために公衆の面前で友人Hが下半身のみを露出し、貴乃花も真っ青の雲竜型の土俵入りを披露するも、ボクは目を開ける元気もなく呻いていた(他のメンバーは大ウケで、ワタロックはデジカメに収め、自身のホームページに載せたとか。局部は隠してある)。
ボクは吐くこともできず、そこら中に大量の唾を投下。
地獄が去るのを横になって、ただただ待った。

何とか峠を越え、友人H宅に辿り着いた。

翌日は二日酔いで頭がガンガン。
寿司屋も鶏肉の美味しい店も、二日酔いで台無し。

とんだ2泊3日となった。

唾液を吐き散らし、景観を汚してしまった近所にお住まいの方々。
そして少しだけ心配してくれた友人たち。
その節は申し訳なかった。

全く成長してないね、ボクは…。
不思議なことに、楽しいところは記憶が飛んでいるのに、苦しいとこだけ覚えてるもんなんだな。
記憶って、総じてそんなもんか。  
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July 29, 2007

out of

リンク先のさわっしゅさんが回送電車に乗り込んでしまい、車庫まで運ばれ、車掌から注意を受けるというベリーファンキーな体験をなさった。

回送といえば…。

英語を覚えたての中学生時代を回想する。
ルー大柴ではないが、なんでもかんでも英語に変換することが流行り、視界に飛び込んでくる物全ての英語を注視していた。
その1つが回送。
阪急電車は
「Out of Service」

当時、「アウトオブ眼中」(眼中にない)なる言葉が流行していたこともあり、「しっくりくる英語標記だな」と感じ入ったものである。

ところが、大学時代に東京へ遊びにいったときに目にした回送の英語標記が、
「Not in Service」

「大阪と東京は言葉だけでなく、回送の英語標記にも違いがあるのか」
さあ今から楽しい楽しい東京観光出発という時なので、その程度の感想でスルーしていたことをさわっしゅさんのファンキー事件簿で思い出したワケだ。

で、10年越しで腰を入れて調べてみた(そんな大層なことではないし、Wikipediaをそのまま持ってきただけやし)。

日本では英語表記として「Out of Service」「Not in Service」が一般に使われているが、1990年代には東京急行電鉄での一部車両や、関西空港交通、初期の帝都高速度交通営団などで「DEAD HEAD」を使用している他、初期の西武バス新座営業所では「DEADHEAD」(スペース無し)を、東北・上越新幹線上野駅では「Deadheading」(現在進行形)を使用していたことがある。京成電鉄バスグループでは「Forward」「Out of Service」(路線バス)・「Sorry, Out of Service」(高速バス)(路線バス)、広島のバスや川崎鶴見臨港バス・臨港グリーンバスは「Send back」と表示している。なお臨港バス、臨港グリーンバスでは行先表示器がLED式の全てのバスと字幕式のバスの一部で「Not in Service」と表示される。北神急行電鉄では「Do not board」としている。

まさか高が「回送」ごときをこんなに詳しく説明してくれているとは思いもよらなかった。
convenient、そう、便利な世の中になりましたなあ。

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June 12, 2007

未払い

世の中は年金支給漏れ問題で煮えくり返っている。
今の与党が年金問題に大きな弱点を抱えていたにも関わらず、民主党を始めとする野党は突かなかった。
民主党が急に突っ込み始めたのは、確実な「裏」が取れたからである。
「永田議員と同じ轍を踏んではいけない」
あのときの教訓が生き、石橋を叩いて叩いて渡って、与党を死に体寸前に追い遣っている。
勿論、目前に控えた参議院選挙を意識してこの時期に猛追及を始めた側面も考えられる
(折角与党を追い込んでるのに、さくらパパを擁立したりするところが民主党の詰めの甘いところだ)。


ボクがまともな職業に就いた28歳以降は会社が厚生年金を処理しているが、28歳までは国民年金を払っていたことになる。
ぶっちゃけた話、びた一文払っていない。
「返ってくる保証のない金なんか払わんでええ」
親父の鶴の一声ならぬ、ツルッパゲの一声に押され、東京で独り暮らしをしていた時期は国民年金の支払いをシカトし続けた。

何年も経ってから社会保険庁に
「払ったのに年金額少ないやんけ。」
などとヤクザな要求は致しません(当たり前だ)。

支払いを意識的に滞らせていたのは国民年金だけに留まらない。

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May 06, 2007

A・S

高1時代にエキスポランドの風神雷神パート1に乗ったことがある(パート1は現在、熊本県荒尾市の三井グリーンランドにお引越ししており、今回の件でこれも休止。点検に入っているようだ)。
友だちと4人で乗るために2人ずつで並んでいたら、ボクの前で店員オーバー。
残されたボクらは次に回された。
ということは、次の車両で一番前に乗ることになる。

突っ立ったまま乗るわけだが、1週して帰ってきたときには、若干、膝が折れており、中腰の姿勢になっていた。
よっぽど踏ん張っていたのだろう。

もう乗れなくなるのか?

以前、走行中に外れた金具が乗客と下のプールサイドにいた人の頭に当たって重傷を負わせた前科のある、長島スパーランドのスチールドラゴン。
プールサイドで金具に当たってしまった被害者は植物人間状態になっているとの情報を友人ヒロキジーニョから得た。
まあ、どこまで信用できるかは眉唾もんだ。

数年前に訪れたときは点検中で乗れなかったが、昨年9月に復活した。
やっぱり、乗りたい願望が押さえきれない。


エキスポランドで大惨事を引き起こした風神雷神2。
尼崎のJR列車事故に巻き込まれた方々と同様、事故した車両に乗り合わせた人々は、その戦場のような凄惨な現場を目の当たりにしてしまった。
乗り合わせなかった人も、一歩間違えば…、そんな思いは一生拭い去れず、陰鬱とした気持ちで生活を送ることを強いられる。

TV、新聞では決して報道できない目を背けたくなるような現場に違いなく、規制を敷くのも頷ける。
ただ、どこかしらから必ず情報は漏れてしまうもの。
神戸で起こった酒鬼薔薇事件の少年の名前などは、1日と経たずに大阪にまで伝わってきた。
今回の件も、どうせどっかの嬉がりのアホが、ネットでモロの写真を晒したりするだろう。


振り返ればボクもあの日あの時もう少しアクセルを踏み込んでいれば、もうこの世にいなかったかもしれない。
だが、無傷だったのが「ある意味で」はいけなかった。
もう今は脳天気なもんで、
「オレは神によって生かされている!オレは神の子だ!!」
と威張り散らしている。
これをスローガンに掲げ、新興宗教でも立ち上げたろかな?
「競馬教」とか(ボクの場合「競馬狂」か?)。
お題目という名の「呪文」を適当に唱え、信者には経済的に苦しい家庭をターゲットに「生活保護」をチラつかせるなどして強引な布教活動で集金させ、信者から巻き上げた税金の一切かからないお布施という名の「裏金」全てを競馬に突っ込んで毎晩毎晩ドンチャン騒ぎをして遊んでいればいいんだから楽なもんだ。

でも「教祖様は車に当たらないが、馬券も当たりまへんね」って突っ込まれたら終わりだ。

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November 30, 2006

伝言ゲーム

大阪府豊中市の学童保育で、小3男児がビンゴゲーム中に何度注意しても喚き散らすので、女性指導員が男児の口に粘着テープを貼り付けて事態を収拾させたことが、別の子供の保護者からの連絡で発覚し、指導員は男児の両親らに謝罪したそうである(児童がおとなしくなってからテープを外した)。

おいおい!ちょっと待ったれい!!そんなことが問題になるのかい!!
じゃあ、ボクもありますよ。→口封じ

ボクが悪いのは誰に目にも明らかだから謝罪なんて求めませんけどね。
悪いヤツがお仕置きされるのは当然。
自然の摂理である。

先生!その節は申し訳ございませんでした!!

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November 23, 2006

本能

報道ステーションによれば、オホーツク海に面する知床斜里の沿岸に大量の秋刀魚が打ち上げられたのだという。
毎年打ち上げられてはいるが、こんな膨大な量は過去に例がないと地元の漁業関係者は口々に漏らす一方、専門家によれば、去年今年と秋刀魚の数が多いだけで、それに比例して打ち上げられた数も多くなったのだろうと分析している。

2年前に知床斜里を訪れた際は鮭の遡上の真っ最中で、オホーツク海と川には鮭がごった返していた。
この度の秋刀魚の比ではない。
帰巣本能の神秘に浸る以前に、その夥しい量の鮭の必死な姿に、申し訳ないが吐き気を催しそうになったものだ。

知床斜里町に押し寄せているのは秋刀魚だけではない。
エゾシカが人里に下りてきているという。
例年なら冬季に入るとエゾシカは餓死したりして数が上手い具合に調整されてるらしいが、温暖化の影響で昨冬は餓死した数が減少。
他の地域の猿や猪や熊などと同様、餌を求めて山から下りてきて、畑の作物を食い漁るそうだ。

海からは秋刀魚が押し寄せ、山からはエゾシカが下りてくる。
居住範囲を脅かされた知床斜里にお住まいの方々の苦悩は続く。

上手いこと共存してほしいもんである。

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November 16, 2006

平成生まれ

ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日である(ボージョレ・ヌーヴォーか?)。
今頃、川島なお美を始めとするワイン愛好家がガブ飲みしていることであろう。
ボクはワインなどの上品なお酒が口に合うような味覚を持ち合わせていないため、滅多に口にすることはない。
唯一口にしたのは、家の近所にあるバーで、である。

何年前かな?
友人H田行きつけのバーへヒロキジーニョとボクとの3人で訪れた。
縦に長い6畳ほどの小さい店内に客はおらず、山本シュウ似で髪の毛が内田裕也的なカラーの推定40前のマスターが、TVで「ガチンコ!・ラーメン道」のビデオを見ていたので、我々もそれに見入った。
大阪弁の変なヤツが
「神輿やないんやから!」
と数人のスタッフに椅子ごと持ち上げられて退場させられているシーンが頭にこびり付いて離れない。

バーに備え付けられていたダーツを発見した我々。
マスターが
「じゃあ君たち3人で勝負して勝った人がボクと勝負。で、ボクに勝ったらボジョレーヌーヴォーをサービスするわ。解禁まであと2時間ぐらいあるけど、まあいいか。」
と懐の大きさをアピールする態度で提案した。
いかすやんけマスター!
初対面でここまでサービスしてくれるマスターを前にして、俄然やる気が起こり袖を捲る我々だった。

「マスターは上手いんですか?」
と探るように尋ねると、
「うん、まあ客がいないときにポイっと投げたりはしてるけどね。」
そんなに練習してません的なコメントのつもりだろうが、絶対にそんなことはなく腕には覚えがあるはずだ。
2学期の中間テスト直前で「オレ、全然勉強してへんで。」と聞かれてもいないのに口にする生徒と同じ法則である。
そうでなきゃ解禁前のボジョレーヌーヴォーを小汚い我々に無料で振る舞うなんて有り得ないのだ。

我々3人はダーツ初体験。
ルールは知らんが、300点以上のスコアが出るとなかなかの高得点らしい。
適当に投じた結果、ボクが300点以上をマークして勝利した。

さあ、ここからが本番である。
先行はボク。
またもや奇跡が起こり、300点以上を叩き出してしまった。
「う、上手いねえ。」
マスターの声が若干上ずり、暗い店内にマスターの引き攣った顔が浮かび上がっていた。

マスターの番である。
さぞかし投てきフォームもかっこいいだろうと、我々3人はその一挙手一投足に注目した。
ところが、である。
左足を浮かせ、体と腕を目一杯伸ばし、的に思いっきり近づいている。
その姿はもはやマスターではなく矢を持ったバレリーナで、その手はほとんど的に触れそうだ。
見かねたH田が
「マスター、それズルいんちゃうん?」
と切り出すと、
「いや、あ、足の位置が出てなかったらいいんや。」
とバレリーナ状態で息苦しそうに答えた。

もひとつ納得いかなかったが、マスターがそう言うなら仕方あるまい。
矢の行方に注目した。
1投目、2投目、3投目…。

え?
マスターの合計点はたったの70点。
ビギナーの我々のスコアよりもズバ抜けて低い。

マスター…「あれ?いつもはもうちょっと点数いいんやけどな」
ボク…「たまにはそんなこともありますよ。オレもビギナーズラックが炸裂しただけですから。」

マスターは渋々カウンターの裏からボジョレーヌーヴォーを持ってきてボクのために解禁した。

完全にプライドを傷つけられ納得いかないマスターは
「じゃあ、もう一度負けた2人で点数の高い方がボクと勝負しようよ。ボジョレーヌーヴォーを賭けて。」
H田とヒロキジーニョの対決はヒロキジーニョに軍配が上がり、マスターとの勝負に移った。

ヒロキジーニョVSマスター
先行のヒロキジーニョがここでも300点以上を叩き出した。
マスター…「絶対ダーツやったことあるでしょう!?」
我々…「ホンマにないですよ!」

マスターはさっきにも増して全身を伸ばして投てきしたが、結果は奮わず

70点台!

ヒロキジーニョにもボジョレーヌーヴォーが振る舞われ、我々2人はグラスを鳴らし、勝利の美酒に酔った。

ヤケになったマスターは「どうせなら」ということでH田にもボジョレーヌーヴォーをサービスした。
「まだオレは一滴も飲んでないのに…。」
敗者・マスターは俯き加減でこぼした。

口数が極端に減り、カウンターに座る我々の後ろで小首を傾げながらダーツの練習を始めたマスター。
居た堪れなくなった我々は店を後にした。
その日以降、我々がこの店を訪れることはない。

生まれて初めて口にしたボジョレーヌーヴォーの味に想像以上の苦味を覚えたのは、バー内の微妙な空気がそう感じさせたのは間違いない。

これがボクのボジョレーヌーヴォーに関する苦い思い出である。  
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November 01, 2006

風通し

宮崎哲弥氏の発言を一部採り上げれば、

「最近の子供は弱くなっている」

とのこと。

例えば、先生Aがある生徒Yに対し、
「お前!これで忘れ物をしたんは何回目や!!」
と注意し、出席簿でケツをバシンと叩いた。
「次はこれでは済まんぞ!おい、○○。悪いけどコイツに資料を見せたってくれ。」
忘れ物を仕出かした生徒の隣に座る生徒に促した。
「ホンマ、しゃーないやつや。」
場を和ますかのように先生Aは少しだけ笑みを浮かべる。

ボクが中学生のときはたまにこういうことが発生していて、先生は頻繁に忘れ物を仕出かした常習犯生徒に対して決して色分けすることなく同様の対応をしていた(ボクはそんなヘマを犯しませんでしたよ、うふ)。
注意を受けた生徒はケツを摩りながらちょっとバツが悪そうに席に着き、コソコソと他の生徒に言い訳する。
それを聞いた生徒も「アホやな〜。先週あんなけ先生言うてたやんけ。」とコソコソ言い返す。

さて、上記のやりとりで現在の教育の場において問題点はあるのだろうか?
考えられるに
一、出席簿でケツを叩いた
二、生徒を「お前」呼ばわりした
三、他の生徒が見ている前で注意した
が挙げられるのか?

1,2年前、上記の対応を採っていた先生Aが辞めたと聞いた。
「やってられへんわ」
と捨て台詞を吐いて。

このA先生は我々の中学生時代は熱血先生で、サッカー部の顧問を受け持っていたわけだが、部活動においても外野の声により規制が厳しくなってしまい、まともな部活ができなくなっていたと溜息をついた。

現在、熱心な先生ほど学校を辞めてしまっているとのこと。

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October 30, 2006

タイムマシーン

同級生からのイジメ、校長からのパワハラ、出会い系による誘拐など、学校を取り巻く問題が再び表面化し、急に採り上げられだした。
さらにここにきて履修不足問題すら全国各地の高校で勃発である。

生徒だって大学受験に不必要な知識を詰め込なくてもいいならそれに越したことはないだろう。
先生や学校が授業を受けなくても大丈夫と太鼓判を押してくれるなら喜んで受け入れる。
勉強が好きな特異な人間など極少数である。

中学を卒業する頃には自分が文系か理数系か、体育会系か、どこにも属さない人間かは大多数の人間が自覚できている(ボクは判断しかねていたけど)。
そもそも高校に入学してまで苦手な科目を学ぶ必要があるだろうか?
長所を伸ばす教育で宜しいのでは?
いや、もっと大事な命に関する授業とかを学ぶとか。
ちゃんとコンドームを付けろ!とか。
ボクなんぞ現代国語の存在で卒業が危うくなったじゃないか!(現代国語で赤点なんてボク1人)

したがって、高校に至るまでの伸び盛りの小学生に対する「ゆとり」など完全に排除し、徹底的に知識を植えつけることを望む(中学、高校もゆとりなどいらんけど)。
植えつけるのは勉強だけではイカンぞ!
「勉強バカ」ほどタチの悪いもんはないからな。
ボクなんぞ、中学卒業後に催眠術にかけられたように全科目の成績がピシャっと頭打ちになり、その後は坂道を転がり落ちるようにして成績が急降下していったのだ!(そりゃ勉強しなかっただけやろ)

生徒も可哀相だが、「世界史」も然りである。
完全に軽く見られている。

行く行くは冥王星みたいな顛末か?


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October 18, 2006

鉄の女

作家吉川良(まこと)さんの作品を読むと心が穏やかになる。
週間Gallopに載せておられるわけだが、今週号でイクノディクタスが話題に上っている。
ボクが高校生のときに現役として活躍していたイクノディクタスは、とにかく丈夫な牝馬で、「無事是名馬」はこの馬の代名詞である。

ボクの高校時代の友人にY野という男がいる。
初めてY野が馬券を購入したのは、ライスシャワーがメジロマックイーンの天皇賞・春の三連覇を阻止したレースで、彼はライスシャワーの単勝を手堅くGETした。
俗に言う「ビギナーズラック」の炸裂。
我々が高校3年の春である(高校生は馬券を買っちゃダメよ)。

Y野は返す刀で3週後のG軌妥諜念に挑む。
ボクに購入を頼んだのは3頭の単勝馬券。
単勝を3つ買うなど邪道極まりない愚な行為だが、初心者Y野は頑として受け入れず、「ええからそれを買え!」と大凡人にモノを頼んでいるとは思えないドデカい態度で迫る。
3頭の名は、ヤマニンゼファー、カミノクレッセ、イクノディクタスで、それぞれに¥500つぎ込むのだ。
ヤマニンゼファー(♂)はこの前の年のこのレースの覇者で、この年も押しも押されぬ有力馬。
カミノクレッセ(♂)はこの年不調に喘いでいたが、前年のこのレースの2着。
ここまでは上位を賑わす可能性が大いにある。
問題はイクノディクタス。
16頭立てのこのレースの14番人気。
G気砲覆襪抜蕕鮟个耕毒呂世、「参加することに意義がある」オリンピック精神としか思えない。
しかも、単勝100倍超の大穴で、当然、競馬歴1年のボクの頭からは最初に手拍子で除外された馬。
ボクはイクノディクタスが馬券に絡むことに異議を唱えたのである。

逆立ちしてもこの馬が1着に来るシーンが思い描けない。
もっと言うなら、3着さえも浮かばない。
ボクは、「Y野の許可なしに」イクノディクタスだけ単勝ではなく「複勝」を購入した。
複勝とは3着以内に突入すれば的中の馬券。
配当は安いが、イクノディクタスのような穴馬とならば話は別。
20倍は見込める。

レースは最後の直線でヤマニンゼファーが抜け出した。
その脚色は衰える気配はなく1着濃厚。
2着争いは混沌としていた。
しかも、その混戦に我が本命馬シスタートウショウが外からグイグイと脚を伸ばしてきた。
「ツノダーー!!」
シスタートウショウは女の子の祭典桜花賞を制した名馬であるが、故障発生後は精彩を欠くレースが続いていた。
漸く前のレースで復活の兆しを見せ、ボクはこのレースで勝負を賭けた。
TVの前でジョッキー角田の名を連呼した。

その混戦の2着争いに、内埒沿いからニュルニュルと赤い帽子のジョッキーが加わってきた。
ヤマニンゼファーは悠々1着でゴールイン。
シスタートウショウは僅かに足りず4着。
2着は、その赤い帽子。
イクノディクタスだった!

「何ーっ!!!」

さあ、Y野の馬券である。
ヤマニンゼファー1着により、まずは単勝5.4倍をGET。
Y野が頼んだ馬券ならこれで終わりだが、ボクが勝手に気を利かせたため、イクノディクタスの複勝が転がり込んできたのである。
その配当17.6倍。
即ち、¥2700の的中が、ボクのお陰で¥11500に化けたのだ。
高校生にとってこの差はデカい(序でに言うと、ヤマニンゼファーとイクノディクタスの馬連は690倍の爆穴馬券である)。

翌日の朝。
よゐこ有野似のY野は、登校したボクにしたり顔でニュルニュルと歩み寄ってきた。
Y野「なあ、言うたやろ。ほれ、¥2700くれ。」
ボク「実はな、お前にとっては嬉しい報告がある。」

ボクはイクノディクタスにおける事情を告げた。

Y野「え?マジで。ほんでナンボもらえんの!?」
ボク「¥11500や」
Y野「あーっはっは。やったぁ〜。」
ボク「オレに感謝せえよ。」
Y野「ホンマやなぁ。で、君は外したのかい?ん?ん?」
ボク「外した。もうちょっとやったのに…。」
Y野「なんや、競馬を1年以上やってんのにあんな簡単なレースを外すとはねぇ。」
ボク「くっそ〜。うるさいわ。さっさと消えろ!」


ここで検証である。
一、ボクは気を利かせてイクノディクタスの複勝を買ったわけだが、これは余りにも危険な行為である。
仮にイクノディクタスが1着に突き抜けていれば、ボクはY野に¥50000もの大金を自腹で支払う破目になっていたのだ。
「何が起こるかわからない」は競馬の代名詞である。

二、Y野はヤマニンゼファーの単勝が当たったと喜んでいる通り、ボクがイクノディクタスの複勝を買っていたとは微塵も知らなかった。
したがって、ボクが黙っていればイクノディクタスの複勝分はボクの手元に舞い込んでいたのである。
でも、それはできなかった。
やはりボクは嘘のつけない正直者なのだ。

この告白を神様は御覧になっていたようで、1ヵ月後の宝塚記念でメジロマックイーンとイクノディクタスの馬連一点勝負をGETできた。

たまにはいいことをしてみるもんである。

人として普通のことやけど。  続きを読む
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October 17, 2006

憐れむ

以前、CMで犬の放し飼いを放映したところ、犬の放し飼いを助長しているとの苦情を受け、放映中止に至った記事を載せた。→日清

それでは約束どおりボクに降りかかった災難を徳とご覧ください。

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October 12, 2006

日本人

中学時代は文系でも理系でもなかった(体育会系ではあった)。
運動会でもそうだが、勉強でも1番にはなれなかったのは、さしたる「特徴」に欠けていたからかもしれない。

高校に入学してすぐ、ボクの向かうべき方向が計らずも明確になった。
数学の最初の授業は「因数分解」。
深い衝撃を受けた。
先生が黒板に書く数字の意味がちんぷんかんぷん。
式ではなく、ボクの脳みそが再生不能に分解されてしまった。
この悲劇を境に、この後、ボクは文系を選択することとなる。

この選択は間違っていなかったと確信したのは、物理の授業を受けた時。
因数分解どころの騒ぎではない。
「この机の上に教科書がじっと留まっているのは、地球が教科書を引っ張っているからや。」
なんじゃその理屈。
屁理屈だ。
地球の重力をGとするととか、そんな細かい事よろしいですやん。
もっと楽しくやりましょうや。

しかしながら成績がギリギリのラインを切ることはなかった。
なぜだろう?

意外な落とし穴は文系のある科目に潜んでいた。
ズバリ「現代国語」。
現代国語の成績が赤点のため、卒業まであと僅かというところで課題を突きつけられ、この課題を提出しないと卒業できず、留年してしまうぞとのご通達である。

赤っ恥ですよ。
だって日本人である、ボクは。
日本人で「現代国語」の成績が赤点て…。
ちょっと日本語に詳しい外国人のほうがいい点数取れるかもしれんぞ。

さて、その突きつけられた課題が、森鴎外の「舞姫」の全文書写&現代語訳である。
書写のみならず現代語訳までなんて、そんな殺生な。
確かにボクが悪いですよ。
「この一節から、作者の訴えたかったことを述べよ。」という問題で、ヤケを起こしていたため答えの欄にオフザケで
「死人に口なし」と書いたことは謝る。
でもさ、量が膨大すぎますよ、先生!
訴えが通るわけもなく、ボクは泣く泣く課題を遂行した。

何度もへこたれそうになった。
鉛筆を持つ手は痙攣を起こし、慢性化した首のコリは悪化の一途を辿った。
腰痛も再発した。
おちんちんは無事だった。
もう、てんてこ舞いだったのである。

でも、年下の連中と同じ学年にはなりたくないというちょっぴり情けない気持ちがボクを後押しし、ギリギリ間に合って、めでたくみんなとともに卒業できた。
あの時流した涙ほど、真実味のある涙はない。

まあ、結局浪人したから同じ学年にはなったんやけど。


不思議なもんで、舞姫の内容は全く覚えていない。
舞台がドイツだったことくらいかな?

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October 06, 2006

水の泡

体育の日が目前に迫り、全国各地で楽しい楽しい運動会が催されることだろう。
「楽しい楽しい」と記したのは、運動会がボクの唯一の活躍の場であったからで、力こぶで張り切っていたものだが、唯一の心残りは「1番」になれなかったことである。
以前にも記したが、ボクの唯一の自慢は小学6年間で毎年リレー選手に選ばれたことだが(これが自慢とは寂しいもんがあるが…)、いっつも2,3番手での選出。
したがって本番のリレーでも一番目立つアンカーや第一走者にはなれなかったのだ。
必ず「繋ぎ役」である。
小学生で繋ぎ役を評価する渋いヤツなどいない。
やはり華はアンカーである。

どこかの元シャブ中が「NO.1よりONLY.1」などと腑抜けたことを詩にしていたが、NO.1が一番いいに決まっているのだ。


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September 13, 2006

致し方ない

兵庫県だったはずだが、ある果樹園が深刻な被害に晒されている。

「サル」

サルめが我が物顔で果物を捥ぎ取るのだ。
その姿は円転滑脱で、全く躊躇がない。
農家にとってはのっぴきならない問題で、サルを追っ払うために数々の刺客を送り込んだが、どれもこれもパッとせず、遂に最終兵器を引き摺り出すに至った。

「ダチョウ」

果樹園に数匹のダチョウを放ったのだ。

サルとしては折角いい餌のテリトリーを嗅ぎ付けたのにいびり出されるのは本意ではないだろう。
動物にとってテリトリーは「家」同然。
放たれたダチョウにとっても思いのほか新たなテリトリーに有り付けたことになる。
今後のサルVSダチョウの行く末を見守りたい。


どうやら鹿にとってもテリトリーは死守しなければならないようで…。  続きを読む
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September 02, 2006

夢遊病

目がチカチカする…。

いや、今日の競馬で惨たらしい負け方をしたもんで、どうやら目にキましてね。

気を取り直していくぜ。


先週?のダウンタウンDXにおいて、女優・渡辺えり子が幼い頃によく心霊現象や妙な第六感が働いたという話を披露していた。
ところが、ここ数十年はそういう不思議な力がめっきり無くなってしまったと。
なんでですかね?と共演者の誰かが訊ねたところ、
渡辺えり子自身の分析によれば

「処女じゃなくなった日から」

とんでもない爆弾発言。
発言した後、恥ずかしいとホッペを赤らめていた。


渡辺えり子の霊感話とは少し異なるが、ボクも幼い頃、奇妙な経験をしている。

オカンから聞いたのだが、ボクがまだあどけなかった小1か小2のある夜のこと…

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August 25, 2006

カトちゃん

昔、微笑みの貴公子「ペ」ブームに乗っていた軍団・おば様は、「ペ」のドラマを日本語訳ではなく、「ペ」が地声で吐く韓国語でドラマを観たいわ、との気持ちが昂り、我先にと一挙に韓国語を学び始めた。
欧米の言葉よりも同じアジアということもあり、韓国語はそれほど取っ付き難くなく、すぐに喋れるようになるらしい。
もちろんそこには一歩でも「ペ」に近づきたいという目の血走った軍団・おば様の鬼気迫る想いが、素早い韓国語習得の一躍を担っていることも想像するに難くない。
「ペ」に対する想いは睡眠中にも表れ、夢の中で喋っている言葉や、寝言が韓国語だったりしたそうだ。
ちょっとした心霊現象である。
恐ろしや…。

因みに、先日お邪魔させていただいたワタロック宅で、1年ほどイギリスへ留学していたワタロックの妹に同じような現象はあったかどうかを尋ねたところ、そのような現象はなかったそうだ。

どちらがスタンダードなのだろうか?


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August 24, 2006

ダンコたる決意

シュレッダーに指を切断された2歳の子供の痛ましい事故が採り上げられている。
隙間が大きすぎるなど、シュレッダーを販売し、生産したメーカーばかりが極悪人のように責められているが、親の責任はどうなんだろう?

2,3歳の小さなお子様なんてものは、そこら中の物に興味を抱き、手に触れたがるのが当たり前で、シュレッダーのコンセントを親が引っこ抜いておけさえすれば簡単に防げた事故である(2歳児がコンセントを差し込み、電源ONして指をちょん切られたら、それはそれですごいな)。
本当に我が子を大切に大切に育てたいならば、それくらいの危機管理意識は親に必要であるし、隙間に指が入ろうとなかろうとシュレッダーが危ないことなんてのは、説明書なんぞ見なくとも普通のオツムを持ち合わせていれば充分に認識できる。

最近は、親のレベル低下を著しく感じる。
きちんとした親になるための説明書が必要な時代なのか?
学校に文句を垂れる親の言い草も、常識外れで開いた口が塞がらずアゴが疲れることばかりである。
ニートもそうだろう。
病気でもないのに働かず、何も産み出さない自分の子(というか大人やけど)に、なぜ餌を与えるのだ?
甘すぎるのである。
じゃないと、ボクのような不良品があちこちでニョキニョキと育ってしまいますよ。
それでもいいんですか?


ボクはボクで親にはなれそうにないけど…。

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August 17, 2006

地球は丸かった

北海道の根室にボクの東京時代のバイト仲間Hがいる(ボクの友人は「H」で始まる苗字が多い)。
ボクは2003年秋に大阪へ失意の出戻りを華麗に果たしたわけだが、Hはボクに遅れること半年後に地元根室に帰り、職に就いた(Hは失意の…ではない)。
Hの最大の特徴は食の好き嫌いが激烈で、食える物の方が少ない。
さらに、根室という漁港に生まれ育ちながら、海産物がほとんどアウト。
余計なお世話だが、可哀想である。

2004年秋。
北海道一周を決行するにあたり、Hの生まれ育った町、根室を訪れないわけにはいかない。
1年ぶりに連絡をとり、2泊さてほしい旨を伝えると、快くOKして車で色んな場所へと招待してくれた。

天然記念物に指定されている根室の車岩。

「地球が丸く見える」開陽台の文句のつけようのない景色に胸を打たれた。

標津にあるサーモンパークにおける夥しい数の鮭が犇めき合って必死のパッチで遡上する光景は、正直、気色悪かった。

根室でしか取れない花咲蟹を自宅へ発送し、根室でしか味わうことのできないエスカロップを、好き嫌いの激しいHが「この店のは食える」と絶賛する喫茶店で頂く。
エスカロップとは、バターライスの上に、ソースをかけられた豚カツが乗せてあるだけなのだが、店によって味付け(特にバターライス)が微妙に異なるらしい。
Hご推薦の店は、期待を裏切らず美味だった。ごちそうさんでした。

日本最東端の岬の納沙布岬に仁王立ちし、オホーツク海に睨みを利かす。
傍にある北方資料館の双眼鏡からは、歯舞諸島の一島の貝殻島が望見できる。
訪れた日は曇りがちだったが、条件さえ整えれば国後島、択捉島さえも微かに見えるという。

見逃せなかったのは、いくつか見える島のうちの1つに塔がつっ立っていたことである。
Hに聞けば、それはロシアの監視塔らしく、よく目を凝らせばロシアの巡視艇の姿もある。
ある線を越えれば、威嚇射撃をされることは珍しくなく、拿捕された人も数知れないとのことだ(帰ってきてない人もいるとか…)。



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August 12, 2006

墓場

「いじられキャラ」は、集団の規模の大きい小さいを問わず、必ず1人ぐらいはおるのではないだろうか?
ボクの友人H田が、それに該当する。

中学3年時に同じクラスになり、今でも交友関係が続いているのは、このいじられキャラが巻き起こした事件のお陰であると言っても過言ではない。
以下のお話は友人H田をご存知ないと笑えない可能性を大いに秘めているが、ご存知な方に向けて改めてお送りする。

中学3年だった我々。
当時、流行っていたのはスーパーファミコン、略してスーファミである。
クラスでファミスタ大会なども催されたりもしたが、その延長で「信長の野望 武将風雲録」を4人でやろう!とあいなった。
群雄割拠の戦国時代の大名を1人チョイスし、天下統一を目指すシミュレーションゲームである。
織田信長、武田信玄、上杉謙信、毛利元就etcの超有力大名を我々の思い通りに動かすことができるが、我々4人はそんな強豪国をプレイするようなまともな人間の集まりではない。
U村は今川義元(静岡県辺り)を、Mは足利義輝(京都府辺り)を、H田は浅井長政(滋賀県辺り)を、ボクは尼子晴久(島根県辺り)を選択した。
プレイするのは基本的にU村宅か、H田宅である。

ゲームは順調に進み、自分たちの国も資源が富み、兵も増強してきた。
あるヤツは早くも隣国を攻め、領土を拡大させる。
あるヤツは虎視眈々と隣国の様子を探るために忍びの者を放つ。
あるヤツは飢饉にやられ、兵糧確保のために田を耕す。
ボクは日本海側を東へ東へと領土をとっ替えていく。

ある日、H田が用事で参加できないとヌカしてきたので、代役でF坂がH田の分を1日だけプレイすることになった。
F坂は、このゲームには参加していないが、一緒に家に来たりしてよく我々のプレイを観察している。
よってゲームの要領は得ているので代役でも問題はないし、H田から「領土を拡大せず、富国強兵に努めてくれ」と伝言を受けていた。

しかし、F坂はやりすぎた。
このゲームで一番ツマらない富国強兵に飽きてしまったF坂は、何を血迷ったか、同盟を結んでいる隣国の織田信長の国へ、我々の静止を振り切って忍者を送り込んだ。
織田信長とは同盟を結んでいるため、忍者など送り込むのは全く意味のない行動である。
どうせ情報を得ることなくスゴスゴと帰ってくるだけに決まっている。

だが!
送り込んだ忍びの者が、あろうことか向こうの国でとっ捕まった!!
これは100回に1回くらいしか発生しない最悪のケースで、しかも、送り込んだのがこの浅井長政の国で最も戦闘能力の高い海北綱親である。

F坂以外の3人…「ハッハッハ!おいおいおい!帰ってけえへんやん。」
F坂…「ハッハッハ!捕まってもうたな!こんなことってあるんやな。」
F坂以外の3人…「笑ってる場合ちゃうぞ。ヤバいって!!あいつキレるで…。」
F坂…「大丈夫やって。あいつ気づかへんて。」
F坂以外の3人…「そうやな。なんとかなるやろ。」

次の日、我々は順調にゲームが進行したことをH田に告げ、H田は安心した表情を浮かべた。

数日後、H田宅で続きをプレイすることになった(容疑者F坂も来た)。
H田…「あれ?」
他4人…「ど、どないしたんや?」
H田…「いや…、オレのとこにおった海北がな…。おらんねん…。」
他4人…「え?そんなことないやろ。」
H田…「いや…、あれ?おらんで。」
ボク…「あっ、思い出した!お前が信長のとこに忍者で送ったときに捕まったんやんけ。」
他3人…「そうやそうや。」
H田…「えっ?そうやったっけ?」(笑いをかみ殺す他4人)
F坂…「何言うてんねん。お前、悔しがってたんやんけ。ギャー!言うて。」
他3人…「そうやそうや。」
H田…「そうやったかなあ…。」(笑いをかみ殺す他4人)
U村…「気にすんなって。まだ始まったばっかりやんけ」
他3人…「そうやそうや。」
H田…「そやな。」(笑いをかみ殺す他4人)

上手く誤魔化せた。
いや、H田はアホだ。

この後H田の国は、見る見るうちに衰退していく。
他3人は罪悪感に苛まれ、米や金を援助したが、遂には他3人とは全く関係ないコンピューターの操る国に攻め込まれたりしだしたので、兵も援助していた。
懸命に防ぐ彼の姿に感動すら覚えたが、彼は遂に力尽きた。
息の根を止めたのは友人Mだった。
「もう、ええやろ!?」の言葉とともに…。
亡き者にされた後も、H田宅で信長の野望をプレイするH田以外の3人。
図々しすぎる。


そんなアホなH田が先日、結婚した。
今晩、数人で祝杯を上げることになっているので、その場を借りて白状するつもりである。
おめでとう。
そしてごめんなさい。
そして、そして、ありがとう。  
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August 05, 2006

恋花火

以前、どこかの空港に侵入したヤツがとっ捕まえられて吐いたセリフ。

「海の傍で体操がしたくなった」

貴様のせいで、飛行機が足止めを食らったのだ。アホか!!(別にボクは被害を被ってないが)
せめて聞かせなさい。
したくなった体操は、ラジオ体操第一なのか、第二なのかを。  続きを読む
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July 21, 2006

洪水

東京暮らしでバイトを共にした、3つ下の友人Kが亡くなったのは、2年前の2月。
その頃ボクは、当に大阪に戻って1年半が経過していたのだが、知らされたのがKが亡くなってから4ヵ月後。
知らせてくれたのは同じバイト仲間の1人である。
普段のボクは穏やかであるが、さすがにこのときは自分を見失うほどにキレた。
でも、キレたところでKはかえってこない。
すぐに冷静さを取り戻したボクは、Kのご両親に連絡を取ってくれと頼み、Kの故郷・青森へと向かうことを誓った。

前の会社を健康上の理由で退職したボクは、通っていた心療内科の先生の勧めもあって、一人旅に出ることとなり、この機会に青森を訪れた(ついでに北海道をグルっと回った)。
Kのご両親はボクを歓迎してくれ、地元青森の料理を腹一杯になるまでご馳走してくれるわ、宿泊する宿まで取っていただくわと、至れり尽くせりの御もてなしを受けた。

Kは東京の某大学を卒業後、地元青森で仕事に就いた。
至って健康だったKが、ある時、不調を訴えて入院。
一旦は退院したもの、再度入院。
この時すでに残り少ない命であることをご両親は告げられたが、Kにはガンであることを告げなかった。
Kはガンと懸命に闘ったが、2月某日に力尽きた。
25歳である。
ボクが訪れた当時、お墓はまだ建てられておらず、近くのお寺でKは眠っていた。
ご両親の悲しみは計り知れず、ボクはまともに顔を見れず、かける言葉も見つからなかった。

Kは白血球の異常が原因のガンで、数千人に1人の難病だそうである(ボクはこの1年後、ほぼ同じ病気で別の知り合いを亡くした)。
前兆として、顔に奇妙な色のデキモノがポツポツとできていたそうである。
ニキビなど一切できなかったKにとっては珍しく、今にして思えばその頃から病気は進行していたのかなと、お父様は唇を噛んだ。





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July 09, 2006

団長

pandaさんがちょっと前の記事で、ディズニーランドのチケットを密かに手に入れて、売るか売らないかを思案しておられた。
その後のチケットの展開が気になるところである。


その昔、宝○ファミリーランドという動物園と遊園地がごっちゃになった施設が兵庫県にあった(数年前に取り壊された)。
ボクがガキの頃は親によく連れて行ってもらったものである。
でもロビ家御一行は、すんなりとその門をくぐらない。
別に方向オンチというわけではなく、まず、ファミリーランドの側にあるタカラヅ○歌劇場周辺をウロウロしてからファミリーランドに入場するのである。
決してタカラヅ○歌劇場には入場しない。
あくまで「周辺」をウロウロするのである。
ガキの頃はその意味不明な行動を気にも留めていなかったが、最近、その事実を両親が白状した。


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June 29, 2006

マスオさん

ブログ内ではよしゆきロビンソンと軽々しく名乗ってはいるものの、実際、そんな名で呼ばれたことは一切ない。
だいたいが苗字か、下の名で呼ばれる。
子供のころ、親戚には「よっちゃん」。
その後、ええ年ぶっこいて「よっちゃん」はいかがなものか?とクレームが勃発し、「よっさん」になった(大して変わらんが)。
中学時代の友人らには「ロイ」「ロイ君」と呼ばれている。
元々ボクは「エロイ」「エロイ君」と呼ばれていた。
今の紳士的なボクからでは想像もつかないかもしれないが、当時のボクは「エロ」かったからである(反論は真摯に受け止めます)。
しかしながら友人がボクの家に遊びにきて「エロイ君」と呼んだら、母親にどんな目で見られるか分からないし、逆に「エロイ君」と呼ぶのも恥ずかしいということで、誰かしらが「エロイ君」の「エ」を省こうとの声が学校内にまで広がり(大袈裟やな)、めでたく「ロイ君」が誕生した。

時代を反映したあだ名を付けられた友人は、どの学校にもいたはずである。
ボクの古くの友人、山田。
「山」は音読みで「さん」と読めることから、小学生時代は「さんちゃん」と呼ばれていた。
「山田」という苗字ではごくごくありがちである。
ところが中学生になり、ボクによって「サンチェ」と呼ばれ始め、浸透した。
「サンチェ」とは、当時、水虫が原因で退団したと噂される巨人の助っ人外国人投手「サンチェ」から何の捻りもなく頂き、ボクが余りにもしつこく呼ぶので「サンチェ」もそれを半ば諦め顔で受け入れた。
因みに元祖サンチェは昨年の2月、脳溢血のため52歳で亡くなったらしい。

小学5年か6年生のとき、バース、掛布、岡田の阪神タイガースが何十年振りかに優勝した。
学校中は阪神、阪神と気が狂ったように大騒ぎ。
巨人ファンは隠れキリシタンのようにひっそりと生活をしていたものだ(ボクはどこファンでもなかった)。
そんな阪神大フィーバーの最中、関東地方から大阪ではクソ珍しい大洋ホエルーズ(現・横浜ベイスターズ)の帽子を被った転校生が現れた。
彼にはあだ名が付けられ、すぐにボクたちと打ち解けた。
そのあだ名は

「ポンセ」

当時、大洋ホエルーズで走攻守にわたって大活躍していた助っ人外国人選手である。
「大洋の帽子を被っていたから」という安直な理由のみである。
もちろんポンセ君は大洋ホエルーズファンであり、このあだ名を痛く気に入った。
10年程前の同窓会でも「ポンセ」と呼ばれ、話題の中心だった。

で、彼の苗字が思い出せない最近のロイ君である。  
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May 21, 2006

0724

ボクはどうしようもないミーハーである。

今から7,8年前、当時、大ファンだったさとう珠緒の握手会に、友人を道連れにして参戦している。
いよいよ握手する段になり、
「それ以上可愛くならないで下さい。」と真顔で口走ってしまった。


それから1年後に上京した。
上京して住み始めた家から目と鼻の先にある東京競馬場へ初めて繰り出したのは、シルクプリマドンナが勝利したオークスの日。
馬券もきっちり獲って機嫌を良くしていたボクが、オークスの表彰式を見物するためにウィナーズサークルへ足を運ぶと、当時、JRAのCMに緒方拳と共に出演していた松嶋菜々子が、プレゼンターとして小雨の降る中、静かに佇んでいた。

彼女とボクの距離は優に20m以上あったが、そのオーラはビシバシ感じた。
なんという透明感。
ノースリーブから伸びた腕の曲線は、まさに芸術そのもの。
速攻、惚れた。
珠緒なんて足元に及ばない。
さよなら珠緒。

小雨舞う中、見惚れすぎたボクは、上京して早々、風邪を引いてしまったのである。


早いなあ、もう6年も経つのか…。  続きを読む
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May 03, 2006

地獄のコンビネーション PART3

ここ数日、急に暑くなった。
だから、芋焼酎お湯割から芋焼酎ロックへとシフトチェンジしたのに、今朝はどっぷり冷え込んだ。
また、お湯割りに戻れと言うのか!
お腹がビックリしよるやないか!!


さて…。
いろいろな方のブログを拝見していると、ラーメンの画を載せておられ、そのおいしそうなラーメン画像により、ボクの口内は汚いヨダレスープで充満している。

とあるインスタントラーメン屋さんが繁盛しているとTVで目にした。
店には全国から取り寄せられたインスタントラーメンが、所狭しと並べられている。
この店に来れば、各土地でしか手に入らない貴重なインスタントラーメンが、あなたのお腹を満たしてくれるのだ。
女将は、そのまま作って出すのも味気ないので、上にはトッピング、また、スープの濃い薄いや、麺の加減など、こちらの意見を聞き入れてくれる。
値段は¥280とお求め安くなっているようだ。

ボクの最近のお気に入りインスタントラーメンは「博多とんこつのなんちゃらラーメン」である(気に入ってるくせに覚えてない)。
ネギが入ってるヤツですわ。
たまらなく大好きで…、大好きで…。

独り暮らしの人間には、絶対に欠かすことのできないインスタントラーメン。
ボクも貧乏独り暮らし時代、2,3種類をまとめ買いして、都合15袋ほどを家に持ち帰っていた。
そんな貧乏時代に、どうしようもないほどお腹が減って、チキンラーメンを食した後、返す刀でエースコックのワンタンメンまでいってしまったことがある。

地獄だった。
小1時間も経過しないうちに胃が悲鳴を上げ、ボクは所狭しとのた打ち回った。
胃だけではなく、本当の悲鳴も上げた。
ウンコはギリギリ漏らさなかった。
あのときのことを思い出すと、今でもしょっぱい涙と酸っぱい胃液がグッと込み上げてくる。

では、2種類の異なるインスタントラーメンを食したからといって、必ず地獄を味わってのた打ち回る大惨事になるわけではないと推測する。
もしかしたら、チキンラーメンとエースコックのワンタンメンの組み合わせだったから地獄に落ちたのかもしれない。
サッポロ一番塩ラーメンと出前一丁だったら地獄に落ちなかったのかもしれない。
いやいや、何種類ものインスタントラーメンをいくら平らげても、あっけらかんと平気なヒトもいるだろう。
こればかりはわからない。
でも、試しません。
もう、嫌です。
そんな勝負はしません。永久に。


では、友人ワタロックの棲息する京都に行ってきますどすえ(使い方間違ってるよな)。
そういえば、彼の家の近所にはラーメンの自動販売機がある。
もちろん1つしか食しませんよ、ボクは。
その代わり、何種類もの焼酎を飲んでやります。

結局、のた打ち回るんだろうけど…。  
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May 02, 2006

1/4の純情じゃない感情4

「また後日」と言いながら、早速、書いちゃう。

「駅」と一括りにしても、デカい、小さい、曲がってる、クサイなど様々だ。
デカい駅となると、人通りの多い改札と少ない改札が自然と発生し、人件費削減のため駅員のいない改札も見受けられる。
ボクが勤めていた駅の西口改札には駅員を配置しているが、東口改札にはいない。
時間帯によっては東口にも駅員を配置しているが、そうでないときは東口方面の悪名高き高校生たちのやんちゃな振る舞いが目につき、ボクを楽しませてくれる。

改札がピコンピコン鳴って扉が閉まっているにも関わらず、強引に突破していく。
あるいは飛び越えていく。
これらのさぶい方々の動きは全て監視カメラに映っている。
西口に常駐しているボクは、マイクを通じて
「何しとんじゃ!コラーッ!!」
と優しく声をかけることぐらいしかできない。
上に挙げた例は、そもそも彼ら彼女らが駅に侵入してくるときに、徹底的に取り締まらなかったことにより引き起こされる「犯罪」である。
ボクはそれらを見逃すことが我慢できず、微量の変な汁が滴り落ちるのである。

券売機で子供キップを購入しようとする高校生。
まだ、かわいい。
もう1つ進んだヤツらは子供キップのボタンを押し、その後、身体障害者用のボタンを押す。
要は、半額の半額になる。
初乗り運賃150円のところを40円で降りることが可能だ。
となると、このような悪知恵が働く。
例えば、某終点駅で40円キップを購入し、1番遠い駅まで行く。
降りるときに、「キップ落とした。」と謝罪して通してもらう。
本来なら360円のところが40円で行けちゃうのだ。

ボクのいた駅では、駅員のいない東口の改札に身障者用のボタンのある改札機が設置してある。
西口が暇なとき、ボクは引っ切り無しにカメラで東口改札の微笑ましい動きを観察していた。
誰が、いくらのキップを購入するか、当然、子供ボタン、身障者用のボタンも押すと丸分かりである。
ボクはそんな犯罪を発見した際、券売機の電源を落とす。
うろたえる高校生。
ここからは、その高校生によって違ってくる。
・隣の券売機で普通運賃のキップを買っていくヤツ。
・隣の券売機で、今度は子供用ボタンを押してキップを買うヤツ(そこでも電源を落とす)。
・隣の券売機の呼び出しボタンの押して、「金入れたけど、画面消えた。」と訴えてくるヤツ。
駅員「あのなあ、40円のキップ買ってどこ行くつもりや?」
客「間違えて押してん。」
駅員「間違えて押すようなボタンちゃうやろ。反対側の改札来たら金返したるから取りにおいでー。」
大概は取りに来ないが、稀に図々しく取りに来るヤツもいる。
取りに来る理由として、500円、1000円といった「大金」を投入しているからだ。
取りに来た客には
「カメラに映ってるぞ。気ぃつけや。今度は知らんで。」
と下手に出て、可愛く忠告してあげるのである。

先輩から不思議な話を聞いたことがある。
監視カメラで若い男が子供用、身障者用ボタンを押したので、先輩は電源を切った。
投入金額は¥10000。
一通りうろたえた後、当然、マイクで文句を垂れてくるだろうと思ったら、その男は隣の券売機で普通キップを購入し、立ち去った。
信じられない。
¥10000をドブに捨てたのだ。
まあいい、我が社の儲けだ。毎度ありー。

てなことがあったそうだ。
大阪で姉妹を殺害した山地悠紀夫なんかとは激しく異なり、罪の意識が残ってる、俗に言う、更生の余地があるヤツだったのだ。
これを機に、普通のキップを買う、普通のヒトになってほしいと願うからこそ、駅員は断腸の思いで電源を落とすのである。

オレは楽しんでただけやけど…。

仮に券売機で見逃しても、そのキップを改札機に通すと、改札機が光り、音がなる。
ここで取り締まり、ご同行を願う。
その後は、ボクの仕事ではなく、上の方々の処置が待っている。
その部屋では、どんなことが巻き起こってるのかは知らないし、見たくない。
助役によっては、恐ろしくて…。  
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May 01, 2006

夢の中へ3

会社でCS(顧客満足)について学んだ。
興味深かったのは、「印象について」。
客が感じる、相対する店の人間、従業員に対してのである。
円グラフにすると、視覚、聴覚、説明する内容の大きく3つに分けられ、心理学者によれば、それらのパーセンテージは視覚55%、聴覚38%、内容7%だそうである。

人間、ナンダカンダ言っても見た目なのかな?やっぱり…。  続きを読む
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April 25, 2006

事件に大きいも小さいもない1

競馬をやっていると、時が経つのが早い。
ディープインパクトでワーワー叫んでたのが一昨日のことのようであるが、もう1年。

JRの事故も今日で1年。
幸いにもボクの知り合いは巻き込まれなかった。

ボクの前職はぽっぽやであるが、オーバーランしたかといって、どっかの電鉄会社のような日勤教育などは行なわれていない…はずだ。
ボクは運転手にはなっていないのでわかりません。


むかーし、むかし、某駅の駅員として働いてるとき、こんなことがありましてね。  続きを読む
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April 16, 2006

高速タップ5

「ニューヨークへ行きたいかー!!」

何歳以上の方がご存知なのだろうか。
日本TVで超大型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」が、ボクが子供の頃に放送されていた。

回答者は一般公募され、数万人にも上る当選者たちが、当時、日本TVだった福留アナウンサーから繰り出される情け容赦のない問題を突破していく。
第一問目は、東京ドームの前身である後楽園球場からスタート。
クイズに勝ち抜いていき、舞台は日本を飛び出る。
西海岸に上陸後、北アメリカ大陸を横断。
最後はニューヨークの自由の女神をバックに決勝戦。
しかも、ただのクイズといっても侮るなかれ。
この番組の合言葉でもある
「知力、体力、時の運。」
この3つなくしては勝ち抜けないのだ。
また、アメリカ上陸後には、クイズに負けてもただでは日本に帰れない。
過酷な罰ゲームが待ち受けているのだ。

福留アナウンサーが体力的な問題で降板後、福沢ジャストミート朗アナウンサーが引き継いで番組は継続していた。
「二十歳になったら、絶対に出たい。」
子供心に願っていたものの、番組が打ち切りになって、ボクの儚い夢は無残にも散っていった。


番組打ち切り後、数年経った、今から8年前(多分)に一度だけ復活した。
当然、ボクは参加した。
大阪で大学生だったボクは、東京在住の友人宅に宿泊し、朝、7時とか8時に起床し、東京ドームへ乗り込んだ。
1塁側のベンチ裏辺りに着席したボクのすぐ後ろには、歴代のチャンピオンたちが陣取っていた。
そして遂に、福留アナウンサーがお出ましだ。

「ニューヨークへ行きたいかー!!」
「オーッ!!」

いやあ、痺れた。
これが言いたかったのよ、これが。

第1問
「自由の女神が建てられたとき、自由の女神は、その当時、ニューヨークで1番高い建造物になった。○か×か?」…答えは「続きを読む」で

ボクはクリアした。

第2問。
「自由の女神というタイトルの曲が日本にある。○か×か?」…答えは「続きを読む」で

ボクは失格。

夢は終わった。


この番組に参加するにあたって、ある条件があった。
それは
「パスポートを持参してください。」というものである。
そりゃそうだ。
もしかしたら、日本を飛び出る可能性があるからだ。
だから、ボクも取りましたよ。
結局、このときは意味なかったけど、いつかは海外旅行に行くかなと思っていた。

あれから8年。
まだ、海外旅行には行っていない。
ボクの机の中には、あの時、自分の夢のために取得した、期限切れの紺色のパスポートがある。

もう一回取得して、そろそろ海外旅行に行こうかな。
でも、その前に北海道へナリタタイシンを訪問することが、今日、決定しちゃったのだ。  続きを読む
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March 14, 2006

誤審1

米国がおっしゃるには、どうやらあの判定は塁審ではなく、主審がやるべきなんだって。
如何にもしんどい言い訳である。
よくも笑えずに言えるもんだな。

それから西岡よ。
「あれは自分のミスです」と?
謝ってどうする。
君はミスなんぞしていないし、反省する必要もない。
後頭部が地面に接するぐらいに、堂々と胸を張りなさい。


昨日の誤審騒動ついでに、ボクが小学6年生ぐらいの時に、自分の身に振りかかった誤審騒動を涙ながらにお送りする。

現在では、電車内で老若男女問わず、ゲ-ムボーイアドバンスに熱中する方をよく目撃する。
ボクがガキンチョの頃はゲームウォッチだったが、ボクの小6当時になると、初代の「ファミリーコンピュータ」、略して「ファミコン」のお出ましである。
白と、エンジ色の「あれ」だ。

ナムコが送り出した野球ゲームの革命ソフト「ファミリースタジアム」、略して「ファミスタ」で少なからず度肝を抜かれたが、唯一のツッコミどころは、投球に高低がつけれないことだった。
そこに目ざとく付け込んできたのが、テクモがお送りする「燃えろ!プロ野球」、略して「燃えプロ」である。

待ってました!
ウキウキしたよなあ。
本当の野球と変わんないんだもん。

ボクは130試合シーズンを選択した。
たっぷり楽しみたいから。
チームは現ソフトバンクホークスの前身、南海ホークスである。
別にファンでも何でもないんだが、当時、1番弱いチームを優勝に導きたかったからという勇ましさゆえの選択である。

思いのほか難儀したが、1位を辛うじてキープし、シーズン終盤にさしかかっていた、とあるゲームで、まさかあんなことが発生するなんて…。
まあ、聞いてちょうだいな。

本題に入る前に、伝えておかなければならないことがある。
それは、当時、この「燃えプロ」がバグりまくっていたということである。
そう、不良品が出回っていたのだ。
バントしたら「ホームラン」みたいな現象が、あちこちで続発していた。
事態を重く見たテクモは、最初に出した黒色ソフトの発売を停止し、バグらない赤色ソフトを出している。
ボクが所有していたのは「黒」であるが、バントがホームランになるような力強いバグりはなかった。
そう、この日までは…。


忘れてなるものか!
8回表のボクの攻撃。
同点でノーアウト満塁。
バッターは門田。
相対する投手は松沼兄(多分)。
何球目かを打ったんです。
バチコーンとね。
打った瞬間、それと分かる当たり。
バックスクリーンの遙か上を一直線。
小6のボクは、コントローラーをほっぽり出して狂喜乱舞。
ええ、涙ぐんでたさ。

しかし、その後に耳を疑いたくなるような審判の声。


「ファール」


小6のボクの落胆振り分かります?
野球人にとって、バックスクリーンに、しかもその場外にホームランを放つことが、どんなに快感か(ゲームやけど)。
ほんの数秒前とは違う意味で涙ぐんでたさ。

ボクは静かにファミコンの電源を切り、カセットを引っこ抜き、畳の上に佇んでいたコントローラーをファミコン本体の横の所定の位置にはめ込んだ後、数分間、一点見つめで体育座りをしていた。

その後、二度と「燃えプロ」をプレイしなかったのは言うまでもない。


テクモさん。
謝りなさい。
「あれは我が社のミスです」と!  
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March 04, 2006

飛散1

空気が汚れていると鼻毛の生育が早いと、巷ではよく言われる。
ボクは東京の府中市に3年半程棲息していたとき、その3年半は明らかに鼻毛が生き生きとしていた。
今、棲息している大阪の箕面市と府中市は環境がよく似かよっているのに、である。
相変わらずの鼻元思案で申し訳ないが、ボクの2箇所での鼻毛の生育具合を鑑みると、東京と大阪では空気の淀み方が違うと言えよう(こと、互いの中心部を比較するなら、大阪の方が決定的に汚い。最低な街だ。自信がある。)。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったカリスマ美容師も唸るであろうハサミ使いで、ボクは鼻毛のカッティングを月1で行っていた。
でも、府中に来て、月1が月2になり月3になったように、鼻毛の生き生きとした生育具合に一種の殺意を覚えたボクは、鼻毛の完全撤廃を目指し、カッティングではなく鼻毛を引き千切る荒行にでた。
千切っては投げ、千切っては投げを繰り返した。
ときには涙も流した。
挙げ句、イチロー風に言うならば、向こう30年は鼻毛を千切らなくてもよいぐらいに、ボクの鼻のアナルはツルツルになった。
あわよくば、ボクの鼻の中でカーリング大会を催せるほどである。

この荒行を断行した時期は3月頭。
だいたい今頃である。

悲劇は起こるべくして起こる。
ボクの鼻のアナルに遮る物はなくなったのだから、当然、異物が入り込む余地が増大。
それは花粉もしかりである。

花粉症になる要因として、人が持つ花粉タンクに花粉が溜まりきって溢れ出すと花粉症デビューに相成るとのことだが、ボクの場合、花粉タンクへの花粉の溜まる、特に最後のスピードは人間界では前例を見ない、常軌を逸していたものと推測する。

荒行断行の翌日より、鼻水が止めどなく垂れ出した。
期せずして、おしべもめしべもウェルカム状態に仕上がってしまったボクの鼻のアナル。
鼻のアナルでおしべとめしべが愛を育んで、杉の木がドーンと生えてくるんじゃないかと戦々恐々としたものだ。
鼻をかんでも鼻をかんでも鼻水は垂れてくる。
一生分の鼻水が出たんじゃないか?
それに付随する形で、ティッシュの徒ならぬ消費速度。
独り暮らしの貧乏人フリーターで、ましてや、ただでさえティッシュの年間消費量が日本でも上位に食い込むであろうボクにとって、この事態は死活問題である。
そんなに苦しいのなら耳鼻科に通えばよいじゃないと思われるが、こんなツルツルの鼻のアナルを医者に診てもらう(見てもらうか?)なんて、恥ずかしすぎるのである。
こんな悲惨な目に遭うならば、鼻をもぎ取った方がマシだと思ったものだ。

2週間にわたる悲劇は酸鼻を極めた。

翌年、耳鼻科に行った。
花粉症だった。
鼻毛を千切りすぎての花粉症発症の鼻祖はボクではなかろうか?

みなさん。
鼻毛は千切りすぎるとエライ目に遭いますのでご注意を。
ボクは鼻毛をカッティングはしても、向こう30年鼻毛を「千切らない」ことを誓った。
だから、ボクの鼻のアナルからは越前クラゲのように鼻毛がそよいでるときもあるかもしれないけど、気にしないでね。  
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February 17, 2006

中野英雄2

一昨日、「今、子供が危ない!!」みたいな感じの番組がTBSで放送されていた。
ボクたちHG世代の子供時代とは、どうやら全く様変わりしてしまっているようだ。
別の番組で目にしたのであるが、今、問題になっているのが「小1プログレム」。
授業中、椅子に座り続けることができず、フラフラと教室を彷徨い始める子供がいるのだそうだ!!
そう、我慢ができないのである。
ボクも小1、小2の頃は、落ち着きのない子として名を馳せていたが、さすがに彷徨うことはなかったぞ。
先生。
一度、子供たちがふらついてる風景を隠し撮りして、そのビデオをボクに回してもらえませんか?
めちゃめちゃ興味があるんだが…。

また、一昨日のその番組中にある母親が、
「先生になりきってない人が先生になってるから困る!」とのVTRが流れていたが(ここではこのVTRの演出論は除外)、「おたくさんは親になりきってはるんですか?」てな水掛け論になる。
このように「誰が悪い論」になれば、耐震偽造問題のようにベタな擦り付け合いになるだけなので、親も先生も子供も、そして教員免許を簡単に与えてしまう側の組織も、全員悪いということで終止符を打ちたい。

一昨日の番組は駆け込み寺のとこらへんから見た。

住職のお寺では、この10年間に400人ぐらいだったかな?巣立っていったらしい。
この住職の発言を聞いてると、時にけったいなことも言って、やくみつるの的確な突っ込みを受けてたりもしていたが、この住職は総じて実に当たり前のことをデカイ声で言うのである。

そう、ここだ。

昨今、当たり前のことを言う人や、当たり前のことを当たり前に行動する人が少ないように思えてならないし、また、意外とそれを実行することが難しいと痛感している。
ボクの場合は仕事においてであるが、「仕事中」にこうやってキーボードを叩いてる暇があるんやったら、仕事に関する勉強や、何らかの資格を取るための勉強をせえや!!と自分に思いっきり突っ込んでいるのである。
でも、やめないもんねー。

番組後半には、ある非常勤講師が採り上げられていた。
その非常勤講師は阪神タイガースの片岡篤志似で、唇の薄い、生活指導をするためにこの世に生を受けたような、とてつもなく恐そうな元体育教師なのだが、荒れ果てた学校を10年間で3校も更生させたそうである。
彼は今、現役教師を相手に自分のやり方を伝授しているとのことで、汗水垂らして頑張っておられる。

ある現役教師は生徒たちからイジメられていたが、体育教師から絞め技を習い、いつものようにイジメてきた生徒を締め上げたところイジメられなくなったそうだ。
ある程度は力で押さえ込むことも必要なのだな、きっと。
となると、先生が総体育教師化となる時代が来たのかもしれんが、それはそれで反対である。

だってさあ…  続きを読む
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February 16, 2006

青い空5

ライブドアのニュースでこんなの見た。
こちら→いやん

5秒程の上映で、AVのタイトルと裸の男女が映し出されたとのこと。
「さあ、これからビデオ見て勉強、反省するぞ!」というヤル気満々の違反者さんたちがかぶり付きの瞬間だっただけに、その破廉恥な映像が流れたとき、みんなはその映像の中の方とは対照的に声が出なかっただろう。

因みに、ボクは大阪は豊中の教習所にまじめに通い、卒検で信号無視による一発不合格などもあったが、最後の最後はめでたく免許を取得したことをお伝えし、本日の挨拶とかえさせていただく。  続きを読む
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February 15, 2006

勝手丼4

チョコが手元にないところをみると、どうやらボクの呪文は効かなかったようで、ボクには詐欺師の素質がこれっぽちもないことが判明した。残念である。

その呪文を唱え始めた日の記事に「ボクはウニが食えない!!」と告った。
食えないとはいうもののチャレンジ精神は一丁前に持ち合わせており、幾度か挑戦したが全戦全敗。
もう二度とウニを口にしないと大マジメで強く強く誓った。

一昨年秋、北海道旅行を敢行するにあたり、「バイクで通ってない国道はない!!」と豪語する友人のライダーH田にお勧めスポッツを伺った。
すると「釧路の和商市場へ行け」とのお告げを頂いた。
「そこは勝手丼っていうて、自分の好きな海の幸を乗っけてがっつける丼がある。そこのウニならお前でも食える。」
「無理無理無理無理。もう食わんと誓ったんや。」
「ちゃうねんって。くさないねん。甘いねんって。」
「アホか、臭いに決まってるやんけ。」
「いや、騙されたと思って食ってみ?」
「オレ騙されたないし。」
「アホやな、お前。何のために北海道行くねん。アホやなあ。ほんまアホやなあ。」

釧路に辿りついたボク。
何回もアホと罵られて、ムキになるボク。
勝手丼でハマチやイクラ、中トロなどの大好物を数種類乗せたあと、最後にウニを乗せたボク。

「H田。アホは貴様だ。オレはこの数年間、幾度となくウニに勝負を挑み、その度に跳ね返されてきた。あの鼻からクサイのが抜ける感じ。あれはどうしてもアカンのや。釧路で食ったからって旨いわけないやろ。」

……。

ウマッ!!
すげえ。
甘いよ。
甘いんだよ。
ナゼなんだ、畜生!!

一目で旅行者とわかるほどの馬鹿デカイリュックを背負っていたボクは、ショックのあまり片膝をついて、そして不敵に笑った。

勝手丼を盛ってくれた店のきれいなお姉さんも
「ネッ。だから言ったでしょ。」とウインクしてきた。
そのキュートさに乗っけられて、花咲ガニを買って実家に送ってしまったではないか。

今ここにある現実を受け入れたくないボクは腹一杯なのにオカワリをする。

やっぱりウマッ!!
食えた!
食えたよ!!
クララが立った!!!

H田よ、スマン。
アホはオレの方だ。
こんなオレをビンタしてくれ!
できれば往復で。

ウニをボクと同じ理由で食えない方。
他のとこは無理でも、あそこのは食えます。
マジで。
騙されたと思って食ってみてください。

大丈夫です。
ボクには詐欺師の素質はありませんから。
そして責任は一切負いませんから。  
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January 15, 2006

そうです。4

スペルマン病院で誘拐事件があったが、この1年は子供たちに危害が加えられる事件が多すぎる。
もっとも、危害を加えてる側が、20歳手前の「法的には」子供の場合もあるわけだが…。
ボクらの子供の頃はそんな重大事件はなかったと思うが、それはメディアが規制してたから、表ざたにならなかっただけなのかもしれない。
そう、記憶を掘り返してみると、確かに変なおじさんは存在した。

〆布ジジイ
ボクの近所の公園に頻繁に現れた小汚いジジイ。
駄菓子屋で売ってる、みやこ昆布を手にし、「昆布やろか?」と言って、接近してくる。
食した奴に言わせると、塩がきいたごく普通の昆布とのこと。
無視したり、「いらんわー」と言い返すと、必要以上に落ち込んで、スゴスゴ退散する。

¬逎哀愁献献
,汎韻幻園に現れた、ホッペを真っ赤にした酔いどれ西洋人風のジジイ。
木陰で野グソをするも、ティッシュを持ち合わせておらず、木の葉を毟り取ってケツを拭く。
その後、ノソノソと徒歩で接近し、子供たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
ジジイは危害を加えるでもなく、いつの間にか姿を消す。
目撃情報は少なく、伝説化している。

写真おじさん
友人宅の前の道路でドッジボールをしていたときに一度だけ現れた。
ボクたちがボールを投げる瞬間などを無断でパシャパシャ撮りまくり、後日、出来上がった写真を無料で大盤振る舞いする、チューリップハットをかぶった意味不明のおじさん。
写真はいまだに家にあるが、その写真おじさんは幽霊なのではないかとの噂が立ち、捨てるのが若干怖い。
写真の腕はいたって普通である。


このご時世なら、上記のおっさん連中は即座に通報されるであろう。
ちょっと待って!ボクを通報しないでね。  
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January 10, 2006

ザ・グレート・サスケ1

どうも、振り袖フェチのロビンソンです。
和に弱いのだ、ボクは。
もちろん、お肌を露出しまくりのお色気ムンムン娘もよいが、ボクだって腐っても日本人。
やっぱり和がいいの。
特に浴衣なんか着られると、それだけでその子の点数が不当に20点は跳ね上がる。
いわば、M-1グランプリにおける中田カウスの採点のようなもんである。
昨日は成人式だったため、振り袖娘がウジャウジャ。ボクはウハウハ。
じゃあ、さぞかしご自分の成人式は楽しかったのでしょうね?となるが、ボクは成人式には出席していない。
理由はこちら→

というわけなのだ。

寒空の中、鼻の下をうんと伸ばして、新成人たち(振り袖姿の小娘)の晴れやかな姿を見ていると、いたたまれなくなってきた。
そうだ!
久しぶりに我が学び舎を訪れようぞ!

まず、徒歩で向かった先はS幼稚園。
急坂の途中にあるこの幼稚園。
当時はとてつもない坂に感じた。
大人になった今は楽勝だろうと、高をくくっていたら、返り討ちに遭った。
今でもしんどい、しんどい。坂をなめるもんじゃないのだ。
半泣き状態でようやく辿り着いた。
当然中に入れるわけもなく、正門付近でウロチョロ。
記憶がないから、変わったかどうかもわからん。

続いてM小学校。
こちらは徒歩で家から5分。
ここはしょっちゅう前を通ってるから、大した感慨もない。
当時から変わったところといえば、正門に警備員が立っていることだ。
誰も居ない運動場。
ああ、懐かしい。
スポーツのイベントになると張り切りボーイになってたよなあ。

M第一中学校。こちらも徒歩。約10分。
1番楽しかったあの頃。
勉強にクラブ活動に、最も充実していたあの頃。
方程式が解からなくて、親父と一緒に猛勉強し、高得点をマークした2学期の期末試験。
先生の驚いた顔が忘れられない。
「お前、カンニングしたやろ!」と言われても、高笑いしたよなあ。
野球の試合中に玉が玉に直撃して、うずくまったよなあ。こちら→玉ちゃん
アカン。泣きそうになってきた。

I高校。車でGOした。
いい思い出が全くない。
わずか4日で野球部を退部。
勉強に打ち込める環境が整ったのにも関わらず、下がる一方の成績。
因数分解が全く解けなくて、数字よりもボクの頭の方がバラバラになった。
教室の窓から体育の先生の悪口を言って、クラスメイトが叫んでも聞こえなかったのに、ボクが叫ぶと聞こえてしまい、冷や汗でビチョビチョになった。

学び舎探訪はここで終了した。
ん?大学はどうした?
無理だ。
涙が溢れて、このままでは車の運転に支障をきたす。
拭っても拭っても、涙の出るスピードが速くて追いつかない。
瞼にワイパーがついてればなあ。

…。
やっぱ、嫌やな。
瞼にワイパーなんかついてたら気色悪い。  
Posted by foe1975818 at 13:28Comments(10)

January 08, 2006

苦い思い出1

酒癖が悪いからといって、お仕置きのために木に括りつけて、放ったらかしにしてたら死んじゃった事件があったのをご存知?
なんとおぞましい。
ボクも気をつけよう。  続きを読む
Posted by foe1975818 at 23:19Comments(25)

January 07, 2006

ハッスル2

月に1度、ないし2度ほど気が向いたときに愛犬ラヴの散歩にいくのだが、昨日、気が向いたので行ったら、こっちに向かってきたワゴン車がクラクションを鳴らしやがった。
ボクは端っこを歩いていたし、こっちには非はない。
何だコイツ、失礼な奴だなと運転席をチラ見したら、中学時代の野球部の友人Aだった。
軽く10年以上は会ってない。
ボクの散歩コースはバラバラだし、気が向かなきゃ行かないわけだし、これはミラクルと言えよう。
たまには気が向いてみるもんである。
Aは急いでたので長話はできなかったが、消息がわからなくなっていたメンバーのだいたいの所在地も聞くことができた。
「また、会おう。」
ボクたちは再会を誓い、固い握手を交わしたのである。
  続きを読む
Posted by foe1975818 at 13:18Comments(17)

January 03, 2006

そのまま2

うちの会社ではインフルエンザの予防接種をえんやこらと推し進めている。
インフルって2回接種しないと効き目がないと伺ったが、どっこいうちの会社は最初の1回目の、しかも半分のお金しか出さないそうだ。
ケチ臭い。
儲かってんだろうがよ。
「推し進めてるんなら」、2回分、耳揃えて出しやがれ、コノヤロー!!

結局、接種しないけどね、ボクは。
それは、インフルなんぞにかからない絶対的で、意味不明な自信があるからだ。
気合が違うのだよ、気合が。
暇さえあれば、のどチンコが悲鳴を上げるほどにうがいをし、指紋が、手相が消えてしまうほどに手を洗う。

特に手を洗うことが重要だそうで、汚い手で目や、鼻の穴や、口の中などに触れると、その粘膜だか、粘液からウイルスが侵入し、インフル患者の一丁上がりとなってしまうとか。

でもよくよく思い返してみると、ボクはガキんちょの頃は病気にかかりたおし、医者にかかりたおしていた。
水疱瘡に、風しん。はしかもかかった。
その都度、1週間程幼稚園をお休みし、非常に辛い思いをした。
だから、おたふくカゼは予防接種をしたのだが、次の日にホッペが見る見るうちに膨れ上がってきた。
おたふくカゼだった。
要は、予防接種した日に、既にかかっていたのであるね。

それにしても、「おたふくカゼ」って…。
医学博士が名付けたのだろうが、もうちょっとあるでしょうが。

でも、上には上がある。
ボクもかかったのだが、手の平と、足の裏と、口の中に発疹が出来て、高熱が出るという、

「手足口病」

そのままやん!!
5歳のボクが突っ込んだのだ。
5歳にしてはなかなかもんである、と優雅に自画自賛してる場合ではない。
もう一度言う。
「手足口病」である。
名前負けという言葉があるが、手足口病の場合、逆名前負けだ。
高熱が出て、気色の悪い発疹が局地的に出来て、もがき苦しんでるのに、
「あなたは手足口病です。」と言われてみなさいよ。
なんか軽々しいし、ちょっと恥ずかしいんだから。
成人男性で言うならインキンタムシと変わらんよ。
じゃあ、てめぇが名付けろや!となるわけだが、いい名前が思い付かないから、「そのまま」でええわ。  
Posted by foe1975818 at 22:22Comments(22)

December 04, 2005

うれしい3

いきなり自慢するが、ボクは小・中学生の頃、運動会では必ずリレーの選手に選抜される程の俊足だったのだ!
残念ながらトップ当選ではなかったが…。

園児の頃も選抜はされた。
もちろんそれは小・中学校でもそうだが、放課後かなんかにやる、リレーの選手を決める競争で上位入選したからだ。

でも、選抜レースでは顔を出さなかった致命的な欠点が、よりによって本番でひょっこり浮上した。

パーン!!

そう、ピストルの音である。
小学生になったらさすがに慣れたが、園児のころは競技の度にピストルがパンパン鳴りよるから、その度に漏れなく怯える。
かけっこの場合、この「パーン!!」に「ドキン!!」とビックリするので、漏れなく2,3歩出遅れる。
最悪の場合、ズッこける。
脚は速いので、あっと言う間に先団をゴボウ抜きし、先頭に躍り出るも、ゴール前で息切れして、1人にチロっと抜かれてゴールイン。
せっかくのキラリと光る素質も台無し。
運動会の最後に行われるリレーなぞは、それまでにしこたまピストルの音を聞いていて、既に半ベソ状態。(エエ加減慣れろよ)
リレーでも1人に抜かれて順位を落とした。
ボクを選抜した先生も誤算だっただろうなぁ。


今日、15:40スタートの阪神競馬場で行われるGレース、「阪神ジュベナイルフィリーズ」という舌の一枚でも引きちぎれそうな、言いにくい、長ったらしい、センスのない名前のレースは、人間で言えば小学生の低学年あたり、しかも女の子限定で行われる。
競走馬ってのは、閉所に恐怖を覚える。
あの狭っくるしいゲートにいかに機嫌を損なわずに入り、ゲートが開くまでいかに行儀良く待ち、ゲートが開いていかにスムーズにスタートできるかで、勝負が決まると言っても過言ではない。
ましてや、阪神JFはまだまだ競馬をわかっていない幼い、経験の浅い女の子たちのレース。
スタートに要注目だ。
ボクみたいに出遅れる馬もいるだろう。
でも、出遅れてもいいから先頭でゴールしてよ、シークレットコードちゃん。
ゴール前で息切れなんてやめてね。
ボクに誤算を与えないでよ。  
Posted by foe1975818 at 12:05Comments(9)

November 28, 2005

コウカ5

「時間が過ぎてしまった…。」
嘘だ。それこそ狂言である。

和泉元彌が逮捕されてる。
取締りを受け、出頭し、切符を切られたのに、そこでは罰金を払わず、その後何回も何回も出頭要請を受けたにも関わらず、無視。
都合6回の無視である。

時間の使い方を間違えてるとしか言いようがない。
あんな痛くもかゆくもない技を開発してるヒマがあったら、罰金払えよ。

硬貨をケチって、評判が降下ってか…。

ボクを見習いなさい。ボクを。  続きを読む
Posted by foe1975818 at 16:21Comments(10)

November 24, 2005

ドール3

最近リッチなよしゆきロビンソンです。まいど。

やっぱり多すぎるのである。
コンビニがあちこちに出来よる。
ローソンだ、ファミリーマートだ、セヴンイレヴンだ、サークルKだ、サンクスだ、ミニストップだ、am・pmだ、ポプラだ、デイリーヤマザキだ、セイコーマートだ。(まだあったかな?)
まあ、別段邪魔じゃないからええねんけど。
ボクは最近サンクスのフライドチキンにくびったけになってしまった。
あんな油っこいもんが体によいとは到底思えんが、好きになってしまったんだからしょうがない。
どうせ体脂肪率9%と余裕があるので、しばらくは食い続けるだろう。
ちなみにミニストップの店員の女の子が1番かわいい(ロビンソン調べ)。

21日にセヴンイレヴンで¥2,000近くのお買い物をしたとき、くじを引かされた。
2枚引いた内の1枚が当選し、パックの野菜ジュースをゲット。
悪くはない気分。
でもこんなもんに当選しなくていいから、ロト6でドッカーンとイってほしいのだ。

こんなことをぬかすヤツには一生当たらんのやろな。  続きを読む
Posted by foe1975818 at 18:18Comments(15)

November 17, 2005

対応と怒りの中で3

なんでかわからんが、稀に頭の中である曲がジャンガジャンガ鳴動し、こびり付いて離れないときがある。
朝にその現象が発生しようもんなら、一日中頭の中でジャンガジャンガ流れてイライラする。

東京に住んでいたころ、ある日CHAGE&飛鳥の「太陽と埃の中で」がロビンソンの脳内で流れ始めた。
なぜ流れ始めたのか理由は判明しない。
しかもサビしかわからず、一向に前進しないから気色悪い。
汁が出るほど我慢していたが、寝て起きても流れている。都合2日のロングランである。

もうダメだ。全部聴きたい。
○SUTAYAへGOした。

「太陽と〜」は10数年前の曲でシングルは置かれてなかったし、どうせならCHAGE&飛鳥を一回見直してみようということでハッスルしてBEST盤を1週間レンタルしてやったのである(こいつもそこそこ古いやつだったが)。  続きを読む
Posted by foe1975818 at 00:52Comments(15)

November 09, 2005

鬼も十八年5

どうも、競馬の鬼、ロビンソンでーす。

土曜に参加した結婚式の2次会には入れ替わり立ち代わり新郎の友人が入ってきたわけだが、中には子供を連れてくる友人もいた。
今ならかわいいなと思う、思える自分がいるわけだが、ほんの数年前まではそんな常人のようなことは思わなかった。
それが少しばかし変化したのは5,6年前かな?  続きを読む
Posted by foe1975818 at 14:26Comments(8)TrackBack(0)